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龍

龍民俗

「 龙腾九霄上,祥瑞降人间。 」

龍年生まれの人は、志が高く、堂々としており、自然と人を惹きつける力と自信を持つとされる。創造力と理想主義に富み、常識を超えて卓越した生き方を求める。
龍 / 民俗
辰
皮影 龙舟 年画 福字 泥塑

歳時節令:

正月:龍灯を舞う

春節から元宵節にかけて、中国の都市と農村の広い地域では耍龍灯(龙灯舞)、すなわち龍を舞う習俗が見られる。春節の龍舞は「龍灯舞」とも呼ばれ、中国独自の民族的特色をもつ伝統民俗芸能である。伝承では、龍は雲を興し雨を降らせ、災いを除き福をもたらす力を持つとされ、吉祥の象徴とみなされてきた。そのため、人々は龍を舞うことで平安と豊作を祈った。

舞龍では、舞い手たちが長い龍を高く掲げ、上下にうねらせながら、先導する「繡球」を追って、ねじる、振る、仰ぐ、ひざまずく、跳ぶ、揺らすといった多彩な動きを絶え間なく展開する。にぎやかな銅鑼と太鼓の音に合わせ、爆竹と花火の中で龍が旋回しながら舞う。もともと祭祀儀礼であった舞龍は、しだいに娯楽と祝祭を兼ねた民間舞踊へと変化した。今日では、娯楽、祝賀、競技、健康づくりなど多面的な機能を兼ね備えた大規模な民俗行事となっている。

元宵節には各地で放龍灯の習俗も見られる。紙で龍の形をした灯籠を作り、中に蝋燭を灯し、川に流したり門前に掲げたりして、新しい一年の風調雨順、平安、吉祥を祈る。

二月二日:龍抬頭

旧暦二月二日は、一般に「龍抬頭(龙抬头)」と呼ばれ、春耕節、農事節、青龍節、春龍節などの名でも知られる。中国民間の伝統的な祭日であり、龍と最も密接に関わる節日の一つである。

龍抬頭の由来

「龍抬頭」という言い方は古代天文学と関係している。中国古代では二十八宿によって日月星辰の天空上の位置を示し、季節を判断していた。二十八宿のうち、角・亢・氐・房・心・尾・箕の七宿は一つの完全な龍形星座、すなわち東方蒼龍七宿(东方苍龙七宿)を構成し、なかでも角宿はまさに龍の角に似ている。二月に春風が吹き始める頃になると、黄昏時に「龍角」にあたる星が東の地平線から姿を現すため、「龍が頭をもたげる」と言われた。この時期は陽気が上昇し、春雨が近づき、万物が蘇って農事が始まろうとする頃でもある。天空で「龍抬頭」が起こるのと同時に、春もゆっくりと人間世界へ訪れ、大地は緑を取り戻し、春耕が南から北へと次々に始まる。

民間伝承では、冬眠していた龍がこの日に頭を上げて天へ昇るとされ、そのため「龍頭節」とも呼ばれる。『中華全国風俗志・寿春歳時記(中华全国风俗志·寿春岁时记)』には、「二月初二日、焚香水畔、以祭龍神」と記されている。

龍の頭を剃る

「二月二日に龍の頭を剃る」習俗は最も広く知られている。中国民間では、この日に髪を切ると「紅運当頭」、すなわち幸運が真っ先に訪れ、福星に照らされると考えられている。民間の諺には、「二月二、剃龍頭、一年都有精神頭」とある。子どもの散髪は「喜頭」を剃ると呼ばれ、龍が頭をもたげる吉日にあやかって、子どもの健やかな成長と将来の出世を願う。毎年二月二日になると、理髪店は多くの客でにぎわう。

龍の食を食べる

二月二日の食には龍に関係するものが多く、いずれも龍の姿や象徴的意味になぞらえて名づけられている。餃子は吉林では「龍耳を食べる」、河北では「龍角を食べる」、内モンゴルでは「龍眼を据える」、北京では「龍牙を食べる」と呼ばれる。米飯は「龍子を食べる」、餛飩は「龍眼を食べる」、麺は吉林では「龍鬚を支える」、河北では「龍頭を持ち上げる」、春餅は「龍鱗を食べる」と呼ばれる。また、蒸し餅の表面に龍の鱗のような模様を施したものは「龍鱗餅」と呼ばれる。北京周辺では二月二日に春餅を食べることが多く、これを「龍鱗を食べる」と言う。より手の込んだ食べ方では、細切りの赤身肉、ほうれん草、もやし、蒜黄などを炒めた合菜(合菜)を春餅で巻いて食べる。

各地の禁忌

「龍抬頭」に関する禁忌も多い。山東地方では、その日は家族がすべての家事を休み、とりわけ夜の針仕事を避ける。これは「龍の目を傷つける」ことを恐れるためである。山西南部では、この日は青龍が最も活発な日と考えられ、川や井戸から水を汲むと「龍の卵を持ち帰る」ことになるとして避ける。山西北部では「司銭龍」の習俗が盛んで、一年の財運を祈る。沿海地域では古くから二月二日に「龍頭を切る」風習が伝えられている。長江デルタには「放龍灯」の習俗がある。北方地域では、日の出前に川辺へ飲み水を汲みに行かない。これは「龍神」を怒らせないためである。瀏陽の農村では尿桶を担ぐことを忌み、旱魃を招くことを恐れる。違反者は皮影戯を奉納して神に謝るとされた。一部地域では、龍頭を押しつぶすことを恐れて石臼を回すことを避け、また水桶が井戸の縁に当たって龍頭を傷つけることも忌む。

炒り豆の習俗

農村では二月二日に炒りトウモロコシや炒り大豆を食べる。民間の諺には、「二月二、豆を食べれば、人は病まず、地は豊かに実る」という趣旨の言葉がある。

三月三日:龍王を祭る

旧暦三月三日は、中国の一部少数民族にとって祭龍の日である。この日、各村では龍王廟に集まり、龍を祭る儀式を行い、旱魃が起こらず、風雨が順調であるよう龍王に祈る。祭祀の際には村中の老若男女が清らかな池のほとりに集まり、仏教系の祭司が香と蝋燭に火を灯し、経を唱えながら龍を描いた紙を水面に浮かべる。人々はそれに続いて叩頭し、その後、豚や鶏を屠って供物とする。

五月五日:龍舟競漕

「龍舟競渡(龙舟竞渡)」は端午節で最も重要な民俗活動であり、戦国時代にはすでに存在していた。とりわけ江南の水郷では、毎年端午節になると盛大な龍舟競漕が行われる。

龍舟競漕の起源

龍舟競漕の起源には複数の説がある。

屈原を記念する説は最も広く流布している。南北朝期の『荊楚歳時記(荆楚岁时记)』には、五月五日の龍舟競争は屈原の投江を記念するためであったと記されている。唐代の『隋唐嘉話(隋唐嘉话)』によれば、屈原が川に身を投げた後、郷里の人々が懸命に舟を漕いで救おうとし、それがのちに龍舟競漕へ発展したという。宋代の詩人張耒は、「競渡深悲千載冤、忠魂一去讵能還」と詠み、蘇軾も『屈原塔』で、「遺風成競渡、哀叫楚山裂」と詠んだ。

伍子胥を記念する説もある。『荊楚歳時記』には「これはまた東呉の俗であり、子胥に関わる」とする記述があり、蘇州や嘉興では端午節に伍子胥を偲ぶ。

曹娥を記念する説では、浙江地方の龍舟競漕は孝女曹娥を記念することを核心としている。曹娥は溺死した父の遺体を探すため川に身を投じたことで知られる。

越王勾践説もある。南宋の『歳時広記(岁时广记)』が『越地伝(越地传)』を引用して、「競渡は越王勾践に起こり、断髪文身の俗に由来し、水に習熟し戦を好む者の風習である」と記している。

龍舟競漕の文化的意味

聞一多は、競渡が古代呉越地方の水の多い環境と関係していると考えた。遠古の呉越の人々には断髪・文身を行い、「龍の子に似せる」習俗があったという。また、龍舟競漕は原始的な邪気払い・疫病送りの儀礼に由来すると考える学者もいる。どの説を取るにせよ、龍舟競漕には農作物の豊穣、風調雨順、邪気の除去、災異の回避を願う思いが込められている。今日、龍舟競漕は国家級非物質文化遺産に登録され、スポーツ競技の一種にもなっている。

六月六日:龍袍を干す

旧暦六月六日には、民間で「龍袍を干す」習俗がある。伝承によれば、唐代の高僧玄奘が西天取経から帰国する途中、海を渡る際に経典が海水に濡れ、六月六日にそれを取り出して乾かしたため、この日が吉日となったという。この日、人々は衣服や書籍を外に出して日に干し、この日に干したものは春秋を通して虫がつかないと言われる。この習俗は現在まで続き、民謡には、「六月六、日頭紅、衣物晒了不生虫」と歌われる。

七・八月:草龍を舞う

旧暦七月、中国の一部地域、とりわけ土家族では、稲の病害を追い払うために草束で作った龍を舞う儀礼が行われる。舞龍の一団は銅鑼や太鼓、爆竹の音の中で舞を披露する。舞い終えると草龍を小川のほとりへ運んで焼き、「龍を海へ送り返す」ことを象徴する。毎年七、八月になると、土家族は稲藁を龍の形に束ね、田畑で舞わせて稲の病気や虫害を追い払う。舞の後は草龍を焼くか水へ流し、災いを龍とともに送り去ることを表す。

苗族の「看龍場」

湘西の苗族には、「看龍場(看龙场)」という伝統的な祭日がある。旧暦三月の穀雨の日から数え、最初に巡ってくる辰日を「看龍日」とし、一般に「看頭龍」と呼ぶ。十二日後、再び辰日が巡ってくるともう一度行い、これを「看二龍」と呼ぶ。このように三龍まで続ける。看龍日には、苗族の人々が盛大な祭祀や娯楽行事を行う。

毛南族の「分龍節」

毛南族で最も盛大な祭りは「分龍節(分龙节)」で、毎年夏至後最初の辰日に行われる。その中心的意味は、水を司る龍王への祭祀にあり、龍王に雨を均等に降らせてもらい、風調雨順を願う。この祭りは、龍文化が各民族へ広く伝わり、地域ごとの文化に適応していったことを示している。

納西族の「龍王会」

雲南麗江の納西族には、「龍王会(龙王会)」と呼ばれる伝統的な祭りがあり、黒龍潭会、祭龍節とも呼ばれる。旧暦三月十五日前後に行われ、祭期はおよそ一週間に及ぶ。主な会場は麗江の黒龍潭周辺である。

龍船節

苗族の龍船節は、毎年旧暦五月二十四日から二十七日までを正式な期間とし、黔東南の台江、凱里一帯に広く見られる。祭りの期間、苗族の人々は盛大な龍舟競漕を行う。

龍日と辰日

伝統民俗では、辰日、すなわち龍の日には特別な意味がある。辰日には各地で龍に関する祭祀や祝賀が行われることが多い。「辰」と「龍」が結びついているため、辰日は龍の「本命日」とみなされ、この日に龍を祭ると最も霊験があると考えられてきた。

民間信仰:

龍は中国の民間信仰において至高の位置を占める。すなわち、民族トーテムとしての「龍の伝人」、雲を興し雨を降らせる水神・龍王、そして東方を鎮守する四霊の首・青龍という三重の姿を持つ。

龍トーテム

龍は中華民族のトーテムであり、吉祥と雄大さの象徴である。原始社会の時代から、龍は天地をつなぐ神霊として捉えられてきた。数千年の発展を経て、生肖の芸術造形は華夏文明が凝縮して生み出した文化の宝となり、龍は華夏の人々が今日まで受け継いできた最も深いトーテムの一つとなった。中国人は自らを「龍の子孫」、「龍の伝人」と称する。この呼称は龍に対する中国人の帰属意識と誇りを示すものであり、中華民族精神の一つの表れでもある。「龍の伝人」は単なる文化記号ではなく、一種の精神的アイデンティティである。龍の姿は社会のあらゆる側面に浸透し、中華の人々の意識の中で文化的凝集と蓄積を形づくってきた。

龍王信仰

龍王信仰の形成

仏教が中国へ伝わると、中国本土の文化と融合し、水中の神獣であるナーガ(那伽, Nāga)が「龍」と訳されるようになった。道教もまた、四海龍王をはじめとする一連の龍王像を創り出した。やがて、江河湖海、潭、淵、池、井戸に至るまで、水のある場所にはことごとく「龍王」の伝説が生まれ、それに伴って龍王廟も建立された。水を治める龍王への信仰は、民間に広く行き渡るようになった。道教の『太上洞淵神呪経(太上洞渊神咒经)』「龍王品」には、「国土炎旱、五穀不収、三三両両莫知何計時」と記され、元始天尊が五色の雲に乗って国土へ降臨し、諸天龍王とともに正法を宣べ、衆生を救い、大雨を降らせて時宜にかなった潤いをもたらすと説かれている。

龍王廟と龍王祭祀

龍王廟は中国各地に広く分布する。風雨が調わず、長く旱魃が続いたり、逆に雨が止まなかったりすると、人々は龍王廟へ出向いて香を焚き、龍王が水を治め、風調雨順をもたらすよう祈願した。龍王を祭る目的は、旱魃が起こらず、雨が順調に降り、生活用水が確保されるよう願うことにある。沿海地域では祭龍と漁業が結びつき、「海に出る前に龍王を祭り、豊漁の後には龍王に感謝し、雨乞いは龍王に頼る」という習俗が形成された。清の雍正二年(1724年)には龍王に新たな封号が勅封され、祭祀は徐々に制度化されていった。明清期には龍王廟が水利管理の場として発展した例もある。

祭龍儀礼

祭龍の方法は地域によって異なる。一般には三月に宗教者が吉日を選んで行う。祭りの日には村中の老若男女が清らかな池のほとりに集まり、宗教者が香と蝋燭を灯し、経を唱えながら龍を描いた紙を水面に浮かべる。人々はそれに続いて拝礼し、その後、豚や鶏を屠って供える。儀礼にはしばしば三献礼、すなわち香燭、料理、黄酒を供える作法や、身を清めて衣服を改める規定などが含まれる。浙江岱山の漁民による謝洋節や、武漢高龍(武汉高龙)などの祭龍習俗は、国家級非物質文化遺産名録に登録されている。

四海龍王

中国民間信仰には四海龍王があり、東海龍王、南海龍王、西海龍王、北海龍王がそれぞれの役割を担いながら、共同で天下の水域を司る。さらに五方龍王、諸天龍王など、より巨大な龍王体系も存在する。民間では、水のあるところには雨を司る龍王がいると信じられてきた。龍王は雲を興し雨を降らせ、災いを除き福をもたらすとされ、吉祥の象徴でもある。

四霊の首――青龍

中国古代の四象、すなわち四霊体系では、青龍は白虎、朱雀、玄武と並ぶ四大神獣の首位に置かれる。青龍は東方を鎮守し、春と木に対応する。朱雀は南方を鎮守し、夏と火に対応する。白虎は西方を鎮守し、秋と金に対応し、玄武は北方を鎮守し、冬と水に対応する。四霊の中で、青龍は東方、春、木、成長、新生を象徴する。春に万物が蘇り、草木が芽吹くとき、東方の神である青龍は生命力そのものの象徴となる。

少数民族の龍信仰

龍は中華民族を代表する文化記号であり、各民族が共同で創り、共有し、伝承してきた。共通する龍文化の上に、それぞれの少数民族は特色ある龍信仰を発展させている。

苗族:看龍場、龍船節などがある。看龍場は辰日を節目として行われ、龍と辰日の双方への崇拝を示している。

毛南族:分龍節があり、夏至後最初の辰日に、水を司る龍王を祭る。

納西族:龍王会、すなわち黒龍潭会があり、龍王を祭る伝統節日となっている。

哈尼族:祭龍の際、淡い色の衣服を着ることは厳禁とされ、祭りで屠る豚は毛色が純黒でなければならない。この色彩に関する特別な規定は、哈尼族の龍信仰における独自の儀礼規範を示している。

土家族:草束龍を舞うことで稲の病害を追い払う習俗がある。舞い終えた後には草龍を焼き、「龍を海へ送り返す」ことを意味する。

吉祥寓意:

龍は中国民間の吉祥文化において至高の位置を占める。風調雨順をもたらす瑞祥の象徴であると同時に、龍袍、龍椅、真龍天子に見られるような尊貴の象徴でもある。

龍年の吉祥語

龍年になると、吉祥の言葉はとりわけ豊かで華やかになる。「龍年大吉」、「龍年如意」、「龍年納福」、「龍行龘龘」――龍が飛翔する雄姿を表す語、「龍騰虎躍」――力強く奮起し大いに活躍するさま、「龍馬精神」――精神が充実し活力に満ちたさま、「魚躍龍門」――事業の成功や地位の上昇、「飛龍在天」――大いに活躍すること、さらに「金龍献瑞」、「祥龍賜福」などがある。

龍の吉祥象徴

龍は正義、高貴、尊栄の象徴である。その姿には、多くの長所を集め、万物に恵みをもたらし、相違を保ちながら共通点を求め、調和して共生するという精神が重ねられている。民間では、龍は雲を興し雨を降らせ、災いを除き福をもたらすと考えられ、瑞祥の象徴となった。そのため、人々は龍を舞うことで平安と豊作を願う。建築においても龍は吉祥の象徴であり、古建築の屋根や軒角には双龍屋根、龍吻などの装飾がしばしば配され、邪気払いと災難除けを象徴する。

「鯉魚跳龍門」の吉祥寓意

「鯉魚跳龍門(鲤鱼跳龙门)」は、中国で最もよく知られた吉祥故事の一つである。伝説では、鯉が流れに逆らって黄河の龍門を跳び越えると龍へと変身できるとされる。この故事は立身出世、事業成功を意味し、民間で最も親しまれている励志的な吉祥象徴の一つとなっている。

龍と婚姻

龍は婚姻民俗でも重要な役割を果たす。「龍鳳呈祥」は中国の婚姻文化で最も典型的な吉祥図案の一つで、龍は男性、鳳凰は女性を表し、その結びつきは夫婦和合と円満な結婚を象徴する。龍鳳と双喜字を彫刻した硬木製の卓上灯なども、婚姻の喜びと幸福を表している。

民間芸術:

龍は民間芸術において最も重要な題材の一つである。年画から切り紙、彫刻から建築装飾に至るまで、その姿は至るところに見られる。

切り紙の龍

民間切り紙の造形は、中国古来の文化を受け継ぐ重要な媒体である。祝祭や吉祥の意味をもつ年画や切り紙を貼ることは多くの地域で伝統となっており、「切り紙龍」は民俗芸術の重要な形式の一つである。造形は多彩で、飛龍、盤龍、雲龍、団龍などがあり、祥雲や福字などの吉祥要素と組み合わせられることが多い。

舞龍の道具

舞龍に使われる道具そのものが精緻な民間工芸品である。龍体の道具には書、絵画、切り紙、彫刻、紙細工、塑像、舞台芸術などが一体となっている。龍灯の制作には骨組みを作る、紙を貼る、彩色するなど多くの工程が必要であり、民間工芸の集大成とも言える。

建築の中の龍

龍の姿は宮殿や寺廟の屋根の棟や軒角によく見られる。双龍屋根、龍吻、龍柱、龍壁などは、中国伝統建築における最も一般的な龍装飾である。これらは単なる装飾ではなく、邪気を払い、災難を避け、家屋や屋敷を守る意味を持つ。

龍舟

龍舟は端午節を代表する民間工芸品である。船首は龍頭に彫られ、船尾は龍尾の形をなし、船体には龍鱗の模様が描かれる。元代の呉廷暉が描いた『龍舟奪標図(龙舟夺标图)』には、龍舟の完成された造形と、多くの参加者の姿が表されている。

高龍表演

武漢高龍(武汉高龙)は祭龍習俗の重要な表演形式であり、国家級非物質文化遺産名録に登録されている。非常に高い龍形道具と高度な舞龍技術を特色とし、武漢地域を代表する独自の龍文化記号となっている。

禁忌と禳解:

龍は吉祥の存在である一方、その力があまりに大きいことから、龍そのものや龍年生まれの人に関する多くの禁忌も生まれた。

本命年の禁忌

祖先祭祀で紙銭を焼かない:龍年生まれの人は、本命年である龍年には祖先を祭って紙を焼くことを避けるべきだとされる。龍は正気に満ちた神話生物であり、龍に触犯すると天地の秩序が乱れ、財運が大きく上下すると考えられている。そのため、本命年には祖先へ香を供えるだけにし、紙を焼かない方がよいとされる。

結婚を避ける:龍年生まれの人は、本命年には結婚や婚約を避ける方がよいとされる。本命年には太歳があり、太歳は祝い事を好まないため、喜事を行うと災いを招くという考えに基づく。

遠出を避ける:本命年には各地を頻繁に移動せず、商売、旅行、親族訪問などの遠出を控えるべきだとされる。

赤を身につける:本命年に真紅の下着を身につける習俗は全国各地に広く見られる。赤い紐を身につけて平安を願うことも一般的である。

安全に注意する:本命年の龍年生まれは事故に遭いやすいとされ、刃物や鋭利な道具との接触を避けるよう勧められる。

属相の相冲

伝統的な生肖婚配文化では、龍年生まれは犬年生まれと「相冲」、すなわち辰戌相冲、兎年生まれとは「相害」、すなわち辰卯相害とされる。民間には「龍兎不到頭」、「龍狗不相配」といった言い方がある。また、龍と龍の間には「相刑」、すなわち辰辰自刑があるとされ、そのため本命年には同い年の相手との結婚を避けるという説もある。さらに「龍虎斗」という言い方もあり、龍と虎の組み合わせは良くないとされる。

龍年の禁忌

俗に「龍年不順」という言葉がある。漢族やその他一部民族では生肖年に関する禁忌があり、とりわけ龍年、虎年を忌むことがある。龍と虎は猛々しく、人を傷つける可能性のある動物と考えられたためである。「龍鳳日」と呼ばれる日を設ける地域もあり、この日は農作業や針仕事を避ける。また、二月二日の龍抬頭の日にも多くの禁忌があり、針仕事を避けるのは龍の目を傷つけないため、水桶を井戸の縁に当てないのは龍頭を傷つけないため、石臼を回さないのは龍頭を押しつぶさないためとされる。

民間の禳解

本命年の不吉を和らげるため、龍年生まれの人は次のような習俗を行うことがある。貔貅(貔貅)を身につける――四方の財を呼び込むとされる。赤い紐を身につける――平安を守るとされる。住居を清潔に保つ――家に物をため込みすぎず、運気を高めるとされる風水の吉祥物を置く。

民間の言語と俗語:

龍は中国の民間言語に極めて豊かな痕跡を残している。鼠に関する言葉がほぼ全面的に貶義であるのに対し、牛は称賛が中心であり、龍についてはさらに、ほとんどすべてが称揚と畏敬の色彩を帯びている。

成語の中の龍

称揚的な成語が最も多い。龍騰虎躍――力強く奮起し大いに活躍するさま。龍馬精神――精神が充実し、活力に満ちたさま。龍飛鳳舞――書法の筆勢が力強く、自在で伸びやかなさま。龍行虎歩――威厳があり堂々とした振る舞い。龍盤虎踞――地勢が険しく要害であること。龍章鳳姿――容姿や風采が非凡であること。魚躍龍門――事業成功の比喩。飛龍在天――大いに活躍すること。乗龍快婿――理想的な婿。望子成龍――子どもが傑出した人物になることを願う。画龍点睛――話や文章の要所に決定的な一筆を加えること。臥虎蔵龍――優れた人材が多く潜んでいること。雲龍風虎――英雄豪傑の比喩。

畏敬・中性的な成語には、龍潭虎穴――極めて危険な場所、群龍無首――統率者のいない集団、葉公好龍――口では好むと言いながら実際には恐れること、などがある。

諺の中の龍

龍に関する民間の諺も数多い。「龍は雲なくして進まず」――大きな能力にも条件が必要であること。「龍は龍を生み、鳳は鳳を生む」――子は親に似ること。「龍や虎を描くにも骨は描きにくく、人を知って顔を知っても心までは知れない」――人心の測りがたさ。「大水が龍王廟を流した――一家の者同士が互いを知らない」――同じ側の者同士が争うこと。「強龍も地頭蛇を圧さず」――外から来た者は土地に根づいた勢力を簡単には抑えられないこと。「猛龍でなければ川を渡らない」――能力のある者だけが大胆に挑戦すること。「山は高きにあらず、仙あれば名あり。水は深きにあらず、龍あれば霊あり」――劉禹錫『陋室銘(陋室铭)』に出る名句である。

歇後語の中の龍

龍に関する歇後語(歇后语)は機知とユーモアに富む。「龍王爺が引っ越す――厲害(離海)」、「龍王爺が海へ出る――風を起こし波を立てる」、「龍王爺が戦う――雲を興し雨を降らす」、「龍王爺の手下――蝦兵蟹将」、「龍王爺の前で水を売る――班門弄斧」、「龍王爺が縁談をする――水の中に情がある」、「龍王爺が屁をする――風も雨もある」、「龍王爺が居眠りする――民衆が災難に遭う」、「鯉が龍門を跳ぶ――昇進した」、「葉公好龍――口と心が違う」などである。

龍年生まれの性格評

民間の生肖性格文化では、龍年生まれには特定の評価が与えられている。肯定的な評価としては、気宇が非凡、指導力が強い、大志を抱く、才能に恵まれる、自信と決断力がある、などが挙げられる。否定的な評価としては、傲慢、自負が強い、現実性に欠ける、短気とされる。民間の口诀には、「辰龍気宇昂、才華世無双。胸懐凌雲志、富貴自天降。」とある。

龍と子どもの民俗:

子どもの世界において、龍は最も神秘的で、最も憧れをかき立てる神話生物である。

童謡の中の龍

『十二生肖歌』では、龍は次のように歌われる。「老鼠排前頭、跟着老黄牛;老虎一声吼、兔子渾身抖;龍在天上游、蛇在地上扭……」。龍は十二生肖歌の第五位にあり、子どもが生肖を学ぶ際に最も憧れる動物の一つである。

二月二日の童謡には、「二月二、龍抬頭、大倉満、小倉流」があり、豊作への願いを表す。「二月二、龍抬頭、孩子大人要剃頭」は北方に広く伝わる散髪の童謡である。「二月二、不懶床、懶床圧在龍頭上」は、子どもに早起きを教える歌である。

遊びの中の龍

「舞龍灯」:子どもが大人の舞龍を真似する遊びである。数人の子どもが一列に並び、先頭の子が紙や布で作った「龍頭」を掲げ、後ろの子どもたちは布や紐でつないだ「龍身」を持ち、庭を走り回りながら舞龍の動きを真似する。

「龍抓人」:子どもの追いかけ遊びの一種で、一人が「龍」、ほかの子どもが「小魚」になる。龍が小魚を追い、捕まった小魚は龍になる。単純で楽しく、走る力を鍛える遊びでもある。

「画龍点睛」:子どもの絵遊びで、目のない龍を紙に描き、参加者が目隠しをしたまま龍の目を描き加える。最も正確に描けた者が勝つ。この遊びは成語「画龍点睛」に由来する。

龍のおもちゃ

龍凧:龍形の凧は子どもに最も好まれる凧の一つである。長い龍身と色鮮やかな鱗が、空を飛ぶと本物の龍のように見える。

龍灯:元宵節に子どもが手に持つ龍形灯籠で、紙製やプラスチック製などさまざまな形がある。

泥塑龍:廟会でよく見られる泥人形で、色彩が鮮やかで、造形は誇張されている。

布龍:布で縫い合わせた龍形のぬいぐるみで、子どもが龍という存在を初めて知る媒体の一つとなる。

龍と文学芸術:

龍は中国の文学と芸術において最も重要で、最も神聖な題材の一つである。『詩経』から『易経』、歴代の龍画から建築装飾に至るまで、龍は文人と芸術家の筆のもとで至高の文化的意味を与えられてきた。

『詩経』の中の龍

『詩経(诗经)』には龍に関係する詩句が複数見られる。『詩経・周頌・載見(周颂·载见)』には、「龍旂陽陽、和鈴央央」とあり、龍文様を描いた旗が風にはためく景象を表している。『詩経・商頌・長発(商颂·长发)』には、「相土烈烈、海外有截」とある。龍を直接述べてはいないが、商族が龍をトーテムとしたという伝承の影が『詩経』にも見られるとされる。

『易経』の中の龍

『易経(易经)』の乾卦では、龍が中心的イメージとなっている。「潜龍勿用」――龍が潜伏しているときは力を発揮すべきではない。「見龍在田」――龍が田野に現れる。「君子終日乾乾、夕惕若厲」――乾卦は龍を君子の比喩として用いる。「或躍在淵」――龍が深淵で跳躍する。「飛龍在天」――龍が天空を飛翔する。「亢龍有悔」――龍があまりに高く飛べば悔いが生じる。乾卦は龍の六つの状態を人生の六段階になぞらえており、龍文化の哲学的表現として最高峰の一つとされる。

歴代の龍画

龍を題材とした絵画は歴代絶えることがない。宋代・陳容『九龍図(九龙图)』は、宋代を代表する龍画の名手・陳容の作品で、九頭の龍が雲海の中を翻り、雄大な気勢を見せる。『墨龍図(墨龙图)』も陳容の伝世名作で、墨の濃淡によって龍の変幻自在な姿を表現している。明清の宮廷龍画では、宮廷画家たちが宮廷装飾や皇家礼儀のために大量の龍画を制作した。

建築装飾の中の龍

中国伝統建築には龍が至るところに見られる。龍吻(鸱吻)は屋根の棟の両端に置かれる龍形装飾で、伝承では水を吐いて火災を防ぐことができるとされる。龍柱は宮殿や寺廟に見られる盤龍柱で、龍身が柱に巻きつき、龍頭が柱の外へ突き出す。龍壁は龍を題材にした照壁で、北京北海公園の九龍壁が代表例である。藻井の龍は宮殿や寺廟の天井にある円形装飾で、中央に盤龍が描かれることが多い。

龍と書法

「龍」という字そのものが、中国書法で最もよく書かれる字の一つである。歴代の書家は「龍」の字を書くことを好んできた。龍飛鳳舞、筆走龍蛇という言葉が示すように、龍の字形そのものがすでに一種の芸術となっている。

結びの考察:

辰龍(辰龙)の民俗文化は、中国の生肖民俗の中でも最も神聖で、民族的凝集力に富んだ一章である。人々の龍に対する感情には、畏敬と誇りが同時に存在する。風雨を呼び、旱魃と洪水を左右する自然神としての力を畏れ敬う一方で、中華民族の精神的トーテムとしての文化的身分に誇りを抱いている。龍は瑞祥の徴、尊貴の象徴であるだけでなく、「龍の伝人」という共通の精神的標識でもある。正月の舞龍灯から二月の龍抬頭、五月の賽龍舟から七、八月の舞草龍に至るまで、龍の姿は伝統的歳時節令の一年の循環を貫いている。

『易経』乾卦の「潜龍勿用」から「飛龍在天」へ至る哲学的境地、四海龍王への民間信仰、「二月二に龍頭を剃る」生活習俗、賽龍舟の集団的な高揚、舞龍灯の祝祭的なにぎわい――龍の民俗は、歳時節令、民間信仰、吉祥寓意、民間芸術、禁忌と禳解、子どもの民俗、文学芸術など、ほとんどあらゆる民俗領域を覆っている。龍は人々が祭り、供物を捧げる神霊であると同時に、街や路地を踊り歩く喜びの象徴でもある。「神のように敬い、友のように親しむ」というこの深い感情こそが、辰龍民俗文化の最も魅力的なところである。

この深い感情の根にあるのは、龍が中華文化の中で持つ、他に類を見ない二重の身分である。公式文化において龍は皇権の象徴、四霊の首、九五の尊であり、民間文化においては風調雨順を保障する存在、吉祥如意の化身、民族的アイデンティティを掲げる旗印である。「望子成龍」という家庭の願いから、「龍の伝人」という民族的自己認識に至るまで、龍の文化的イメージは一貫して中華民族の最も深い集団感情を担ってきた。辰龍は十二生肖では第五位にすぎないが、力、尊貴、瑞祥、団結に対する中華民族の最も高い理想を背負っている。遠古のトーテムから天空へと飛び立ち、五千年の文明の大河を越えて、世代から世代へと受け継がれる文化の記憶に、消えることのない痕跡を刻み続けてきた。

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