日本
日本は、七夕文化が海外へ伝わった後、最も徹底した変容を遂げた国である。七夕節は奈良時代に中国から日本へ伝わった。明治維新後、日本は旧暦を廃止し、七夕節は毎年新暦7月7日に祝う形へ固定された。中国が恋愛伝説を重視するのとは異なり、日本の七夕は、技芸の上達を願う意味をより強く持ち、とりわけ女の子が優れた手仕事の能力を身につけることへの願いが強調される。奈良時代から、宮廷や貴族階級は唐代の風習を模倣し、七夕祭、針に糸を通して巧みさを願う行事、詩歌の雅集などを行うようになった。
竹を立て、詩の短冊を書く――日本の七夕で最も核心的な習俗。 江戸時代以降、七夕の日になると、大人も子どもも色とりどりの細長い短冊に願い事や詩歌を書き、紙で作った飾りとともに小さな竹へ掛け、その竹を庭に立てるようになった。七夕が終わると、小竹と供物を一緒に川へ流し、自分の願いが天河まで届くよう願う。仙台、京都など多くの地域では、七夕の紙衣が不吉を祓う方法とされ、人々は紙衣によって風雨順調を祈る。
仙台七夕祭:日本最大規模の七夕祝典。 仙台七夕祭は、日本で最大規模かつ最も人気の高い祭典である。毎年8月6日から8日まで、仙台市中心部の商店街は色鮮やかな色紙や装飾で埋め尽くされ、非常に壮観な景観を見せる。このほか、日本各地でも七夕行事が開催され、神輿、山車、鼓笛隊、パレードなどが行われる。
大分七夕祭:伝統舞踊の夏の一大行事。 大分七夕祭は、大分市で夏に行われる最大のイベントであり、通常8月最初の金曜日と土曜日に開催される。祭典最大の見どころは初日の「府内戦紙」である。踊り手たちの隊列と、和紙で作られた色彩鮮やかな踊り手や昇龍をかたどった山車が、壮大な勢いで中央通りを進んでいく。
2日目には「大分chikirin囃子市民総踊」が行われる。踊り手たちは、大分に古くから伝わる伝統打楽器「chikirin」(鉦)の陽気なリズムに合わせ、竹棒を打ち鳴らしながら軽快に踊り、観客も加わって一緒に踊ることができる。期間中、市中心部の商店街にも、竹、折り鶴、紙の吹き流しなど、日本伝統の七夕飾りが並ぶ。
五稜郭タワー七夕祭:函館の七夕文化。 函館五稜郭タワーでは、毎年7月1日から7月7日まで七夕祭を開催し、織女と牛郎の物語を紹介するとともに、函館ならではの七夕文化を体験するよう人々を招いている。
空港での七夕祈願:桃園から仙台へ向かう願いの旅。 日本航空(JAL)はかつて桃園国際空港で七夕祈願活動を行い、東京行き便の搭乗口前に「七夕願い竹」を設置し、旅客に願いを書いて竹の枝へ掛けてもらった。その後、すべての願い札は空輸で日本の仙台大崎八幡宮へ運ばれ、奉納された。空港の待合空間を七夕祈願の会場へと変えるこの発想によって、七夕文化は旅の途中にも伝えられた。
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