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七夕節

七夕節七夕の習俗

「 穿针人在合欢楼,正月露、玉盘高泻。 」

七夕節は漢代に起源を持ち、古代の星宿崇拝に根ざす――牽牛星と織女星が天の川を隔てて向かい合い、毎年七月七日の夜に鵲橋(かささぎばし)で出会うという美しい伝説を生んだ。秦観の『鵲橋仙』の詞に詠む、「纤云弄巧,飞星传恨,银汉迢迢暗度。金风玉露一相逢,便胜却…

七夕節で最も広く行われてきた習俗は、旧暦七月七日の夜に女性たちが行うさまざまな乞巧(qǐqiǎo/乞巧、巧みな技を願うこと)の行事である。主な方法としては、娘たちが針に糸を通して巧拙を試したり、小さな工芸品を作って技を競ったり、瓜や果物を並べて巧みさを願ったりした。具体的な形式には、「穿針乞巧」「喜蛛応巧」「対月穿針」「蘭夜斗巧」「投針験巧」など多様なものがある。七夕節の主な参加者は少女であったため、「乞巧節」「女児節」とも呼ばれる。七夕節に関する最古の記録は前漢にさかのぼり、宋代に最盛期を迎えた。このほか、書物や衣服を日に干すといった伝統習俗もある。

七夕節 / 七夕の習俗
七夕節まであと289日 2027年8月8日 · 旧暦 七月初七

主な風習

中心となる礼俗

七姐を拝する(織女を拝する)

基本情報

  • 分類:祭祀・祈福
  • 流行地区:全国、とりわけ広東・福建などで盛ん
  • 時期:七夕当夜
  • 別称:拜織女、七娘会、七姐誕

活動内容

七夕と織女星の物語は、中国古代の天象崇拝に起源をもつ。七姐は織女星を原型とし、恋人、女性、子どもの守護神とされ、七月七日はその誕生日と考えられている。そのため、人々は七月初七の夜に七姐を祭り、福を祈り、願いを託し、巧みな技を求め、良縁を願い、子どもの無事を祈る。

広東・広州の「拜七姐」は特に特色がある。娘たちはあらかじめ色紙、通草、糸などを使ってさまざまな精巧な小物を作る。穀物の種と緑豆を小箱に入れ、水に浸して発芽させ、「拜仙禾」、「拜神菜」と呼ぶ。初六の夜から初七の夜まで、娘たちは新しい服を着て新しい装飾品を身につけ、香を焚き、蝋燭を灯して星空に跪き、「迎仙」と呼ばれる儀礼を行い、三更から五更まで七回拝する。広東・東莞の「七夕拜七姐」の儀礼には、供物を捧げること、手を清めること、香を上げること、拝礼することなどが含まれる。

福建の閩南では七夕を「七娘媽生」と呼び、供物として果物七種、香花と化粧品七組、箸七膳、酒杯七つを用意する。子どもが生まれて最初に迎える七夕には「新契」として七娘媽を「契母」、すなわち義理の母として拝する。台湾の七夕習俗は閩南と同じ系譜にあり、各家庭では牲醴、果物、花粉を用意し、軒先で紙を焼いて七娘媽の誕生日を祝う。

歴史的由来

七姐を拝する習俗には長い歴史がある。織女星崇拝は、上古の星象観測にまでさかのぼる。古人は星宿の観察を通じて、「牛宿星」と「織女星」を合わせて「牛郎織女」と呼ぶようになった。後漢以後、牛郎織女の伝説は次第に七夕節と結びついていった。南北朝時代には、瓜果を二つの星に供える風習が次第に形を整えていった。

参加方法

七夕の夜、庭に香案を設け、旬の瓜果、鮮花、香粉などの供物を並べ、香を焚いて織女星を拝し、心の中で願いを祈ることができる。広東では「七娘会」などの集団祭祀に参加することもできる。福建や台湾では、「七娘媽」信仰の文化的意味に触れることができる。

穿針乞巧

基本情報

  • 分類:競技・遊戯
  • 流行地区:全国
  • 時期:七夕当夜
  • 別称:賽巧、対月穿針

活動内容

穿針乞巧は、七夕節における最も中心的な乞巧の方法である。女性たちは月光の下で針に糸を通す速さを競い、勝敗を決める。広東では「迎仙」の後、娘たちは色糸を手にし、灯影に向かって針穴へ糸を通す。一息に七つの針穴へ通すことができれば「得巧」と呼ばれ、「巧手」とされる。七つの針穴すべてに通せなければ「輸巧」と呼ばれる。七夕の後、娘たちは自ら作った小さな工芸品を贈り合い、友情を示す。

歴史的由来

穿針乞巧は最も古い乞巧形式である。東晋の葛洪による『西京雑記』には、“汉彩女常以七月七日穿七孔针于开襟楼,人俱习之”と記されている。これは古代文献における乞巧についての最古の記録である。唐代の王建も、“阑珊星斗缀珠光,七夕宫娥乞巧忙”と詠んでいる。

参加方法

七夕の夜に針と糸を用意し、月光や灯影の下で友人と針通しを競うことができる。また七本の針を用意し、一息に七つの針穴へ糸を通して、「得巧」の楽しみを体験することもできる。

喜蛛応巧

基本情報

  • 分類:占い・祈福
  • 流行地区:全国
  • 時期:七夕当夜から翌朝
  • 別称:蛛網卜巧

活動内容

喜蛛応巧は、もう一つの乞巧方法である。女性が小さな蜘蛛を一匹捕まえて箱に入れ、翌朝箱を開け、蜘蛛が張った巣の疎密によって「得巧」したかどうかを判断する。蜘蛛が箱の中に巣を張っていれば「乞得巧」を意味する。巣が密であるほど、得た巧みさも多いとされた。

歴史的由来

喜蛛応巧は南北朝時代にはすでに記録されている。南朝梁の宗懍による『荊楚歳時記』には、“七月七日,……陈瓜果于庭中以乞巧,有喜子网于瓜上,则以为符应。”と記されている。喜蛛は喜子とも呼ばれ、古人は蜘蛛が巣を張ることを吉兆と考えた。この習俗は唐宋期に広く流行し、明清期にも受け継がれた。

参加方法

七夕の夜に小さな蜘蛛を一匹捕まえて清潔な小箱に入れ、翌朝箱を開いて巣が張られているか確認することができる。巣があれば、「得巧」の吉兆とみなすことができる。

投針験巧

基本情報

  • 分類:占い・祈福
  • 流行地区:全国、特に明清期に盛ん
  • 時期:七夕当日
  • 別称:針影卜巧

活動内容

投針験巧は、明清両代に広く行われた乞巧方法である。女性たちは水を入れた碗を日光にさらし、水面に薄い膜ができると、刺繍針をそっと水に浮かべる。針が沈まず水面に浮き、水底にさまざまな形の影を投じれば、「得巧」とされた。水底に現れる影の形が美しいほど、得た巧みさも多いと考えられた。

歴史的由来

投針験巧の習俗は比較的遅く興り、明清両代に盛んになった。この習俗は「乞巧」を単なる針通しの競争から、より遊戯性のある占いへと広げ、七夕の乞巧習俗が絶えず豊かになり変化してきたことを示している。

参加方法

七夕当日、清水を入れた碗を日光にさらし、水面に薄い膜ができたら、刺繍針をそっと置き、針が浮くかどうか、水底にどのような影が映るかを観察する。室内やベランダでも行うことができる。

巧果を食べる

基本情報

  • 分類:飲食習俗
  • 流行地区:全国
  • 時期:七夕前後
  • 主な食材:小麦粉、油、砂糖、胡麻など
  • 別称:巧食、乞巧果子

活動内容

巧果(qiaoguo/巧果)は七夕節を象徴する食べ物である。浙江の杭州、寧波、温州などでは、小麦粉をさまざまな小さな形に作り、油で揚げたものを「巧果」と呼ぶ。夜には庭に巧果、蓮房、白蓮根、紅菱などを並べ、少女たちは月に向かって針に糸を通し、巧みさを願う。山東の膠東などでは、少女たちが小麦粉で牡丹、蓮、梅、蘭、菊など花模様の餅や饅頭を作る。巧果の精巧で多様な形は、織女への供物であると同時に、女性たちの手先の巧みさを示すものでもある。

歴史的由来

七夕に巧果を食べる習俗には長い歴史がある。宋代の七夕節には、すでに巧果を作り食べる伝統があった。明清期になると巧果の製作はさらに精緻になり、七夕節に欠かせない季節の食べ物となった。

文化的寓意

巧果という名は「乞巧」に由来し、巧果を食べることには、織女のように心も手も巧みになりたいという願いが込められている。巧果の精巧な形もまた、女性たちの技と工夫を示している。

参加方法

七夕前後には家庭で巧果を作ることができる。小麦粉に砂糖、胡麻などを加えて生地をこね、花や動物などさまざまな形の小さな菓子にし、黄金色で香ばしくなるまで揚げるか焼く。また、市場で出来上がった巧果を購入して味わうこともできる。

七夕水を蓄える

基本情報

  • 分類:健康祈福
  • 流行地区:広西、広東など
  • 時期:七夕の早朝
  • 別称:双七水、七月七水

活動内容

広西西部や広東などでは、旧暦七月七日の早朝に仙女が人間界へ降りて水浴びをし、その浴び水を飲むと邪を避け、病を治し、寿命を延ばせるという伝説がある。この水は「双七水」と呼ばれる。人々はその日の鶏鳴のころ、我先に川辺へ水を汲みに行き、持ち帰った水を新しい甕に入れて後日使う。広西の百色、靖西などでは、七夕に人々が川へ入って水浴びをする。この日の水は非常に神聖で清らかであり、邪を祓い病を避けるだけでなく、恋愛を円満にし、生活を幸福にすると民間では考えられている。

歴史的由来

七夕水を蓄える習俗には長い歴史があり、七仙女が人間界へ降りて水浴びをする伝説と関係している。古人は七夕の水に特別な神力があり、病を祓い寿命を延ばすことができると考えた。この習俗は南方地区に広く伝わり、古人の水への崇拝と健康を願う思いを示している。

参加方法

七夕の早朝、川辺や井戸で水を汲んで保存し、この古い習俗を象徴的に体験することができる。都市に住む人は早起きして水道水を汲み、「七夕水」に込められた伝統的な意味を感じることもできる。

露を受ける

基本情報

  • 分類:健康祈福
  • 流行地区:浙江の農村
  • 時期:七夕の夜
  • 別称:七夕露

活動内容

浙江の農村では、七夕に洗面器で露を受ける習俗が広く行われている。七夕の露は牛郎と織女が再会したときの涙であり、それを目や手に塗ると、目がよく見え、手が素早くなると伝えられている。

歴史的由来

露を受ける習俗は、牛郎と織女が鵲橋で再会する伝説と直接結びついている。古人は、七夕の夜に二人が再会した際に流した涙が露となり、不思議な力をもつと考えた。この習俗は、牛郎と織女の恋物語に対する民間の浪漫的な想像を表している。

参加方法

七夕の夜に庭へ清潔な洗面器を置き、翌朝露を集め、象徴的に目や手に塗ることができる。

爪を染める

基本情報

  • 分類:美容祈福
  • 流行地区:西南地区(四川、貴州、雲南など)
  • 時期:七夕前後
  • 別称:染指、花草染甲

活動内容

爪を染めることは、西南一帯の七夕習俗である。花や草を使って爪を染めることは、多くの女性や子どもにとって節日の遊びの一つであり、生育信仰とも密接な関係をもつ。多くの地域では、若い娘たちが節日に木の樹液を水で薄めて髪を洗うことも好む。これにより若さと美しさを保つだけでなく、未婚女性は早く理想の夫に巡り会えるとも伝えられている。

歴史的由来

爪を染める習俗は西南地区で古くから伝わっている。四川省の多くの県志に記録があり、貴州や広東にも同様の風習がある。この習俗は七夕の「乞巧」を針仕事や女紅から美容・装いへと広げ、女性たちの美への追求を示している。

参加方法

七夕前後には鳳仙花などの植物の汁で爪を染めることができる。また植物の樹液を水で薄めて髪を洗い、伝統的な美容法を体験することもできる。

香橋会

基本情報

  • 分類:祭祀・祈福
  • 流行地区:江蘇宜興、浙江嘉興など
  • 時期:七夕当夜
  • 別称:鵲橋会

活動内容

香橋会は鵲橋の伝説から派生したものである。江蘇・宜興では、毎年七夕になると人々が集まり香橋を作る。さまざまな太く長い裹頭香を用いて、長さ約四、五メートル、幅約半メートルの橋を組み、欄干を設け、五色の糸で作った花を飾る。夜になると、人々は二つの星を祭り、福と吉祥を願い、その後香橋を焼く。これは二つの星が香橋を渡り、喜びのうちに再会したことを象徴する。

歴史的由来

香橋会は、牛郎と織女が鵲橋で再会する伝説に由来する。人々は香橋を鵲橋の象徴とし、橋を作り、焼く儀礼を通じて、牛郎と織女の再会への祝福と、円満な縁への憧れを表す。この習俗は江蘇・宜興、浙江・嘉興などで今日まで受け継がれている。

参加方法

七夕の夜、江蘇・宜興や浙江・嘉興などへ行き、香橋会の儀礼を見ることができる。また、家で線香を使って小さな香橋を作り、この独特な民俗文化を体験することもできる。

結扎巧姑

基本情報

  • 分類:祭祀・祈福
  • 流行地区:陝西黄土高原地区
  • 時期:七夕当夜
  • 別称:扎巧姑

活動内容

陝西黄土高原では、女性たちは七夕になると花模様の衣服を着せた藁人形を作り、「巧姑」と呼ぶ。七夕の夜、各家庭の女性は清水を入れた碗を手にし、切った豆苗や青葱を水に入れ、月光の下にできる影を見て、自分の巧拙を占う。また、針に糸を通すことや縫い物、窓飾りの切り紙などを競い、誰が最も手先が器用かを比べる。

歴史的由来

結扎巧姑の習俗は、陝西黄土高原で古くから伝わっている。藁人形を織女の象徴とし、占いや競技を通じて巧みな技を願うもので、北方地区独特の乞巧文化を表している。

参加方法

七夕の夜、藁で小さな人形を作り、花模様の衣服を着せて「巧姑」を象徴させる。清水を入れた碗を用意し、豆苗や青葱を入れて、月光の下で投影を観察し、巧拙を占う伝統を体験することができる。

地域による違い

地方の風習
十里ごとに風が変わり、百里ごとに習俗が異なる。広大な大地の上で、地域ごとの祭りの習俗はそれぞれ特色を持ち、中国文化の極めて豊かな多様性と包容性を示している。

華北地区

北京:乞巧の活動は、主に針に糸を通して巧みさを試すものである。山西など華北の一部地域では、「布老虎」を縫う伝統もあり、七夕の「乞巧」活動の中で、年長者がそこに愛情を縫い込み、次の世代への期待と祝福を表す。

河北:七夕の乞巧活動は、主に針に糸を通して巧みさを試すものである。

山西:七夕の「乞巧」活動には、「布老虎」を縫う伝統があり、年長者から次の世代への期待と祝福が込められる。

内モンゴル:七夕の習俗は、主に伝統的な乞巧活動を中心とする。

東北地区

遼寧/吉林/黒竜江:七夕の習俗は華北地区と近く、乞巧活動を中心とする。

華東地区

上海:七夕の習俗は、乞巧や巧果を食べることなど、伝統的な活動を中心とする。

江蘇:宜興には、鵲橋伝説から派生した七夕の習俗である「香橋会」がある。人々はさまざまな太く長い裹頭香を用いて、長さ約四、五メートル、幅約半メートルの橋を組み立て、欄干を設け、五色の糸で作った花を飾る。夜になると、人々は二つの星を祭り、福と吉祥を祈ったのち香橋を焼く。これは、二つの星が香橋を渡り、喜びのうちに再会したことを象徴する。嘉興塘匯郷の古竇涇村にも香橋会がある。

浙江:杭州蕭山坎山鎮では、かつて毎年七夕に「祭星乞巧」が行われていた。庭に八仙卓を置き、飾り、旬の果物、そして「心」の形に並べた祭酒を供え、娘たちは牛郎と織女に酒を捧げ、心も手も巧みになるよう祈った。寧波では昔、女性たちがムクゲの葉を摘み、揉んで汁を出して髪を洗った。織女がムクゲの葉の汁で髪を洗ったため黒髪になったという伝説による。また少女たちが茄子畑に集まり、地面に伏して耳を当て音を聞き、金属の響くような音が聞こえた者は「巧を得た」とされた。温州では、小麦粉でさまざまな小さな形を作り、油で揚げたものを「巧果」と呼ぶ。夜には巧果、蓮房、白蓮根、紅菱などを並べ、少女たちは月に向かって針に糸を通す。あるいは蜘蛛を箱に入れ、翌日箱を開けて巣が張られていれば「得巧」と呼んだ。嘉興には香橋会がある。金華では各家で鶏を一羽殺す。牛郎と織女が再会するとき、雄鶏が夜明けを告げなければ永遠に別れずにすむ、という意味が込められる。武義の「七夕接仙女」は省級無形文化遺産で、農家の少女たちは黄荊の枝と烏桕の葉を採り、搗いて汁を出して髪を洗い、女性たちは香案を設け、瓜果や菓子を供えて七仙女を遠くから拝む。台州温嶺石塘鎮の「石塘小人節」は国家級無形文化遺産で、七夕に年長者が七娘媽へ十六歳未満の子どものために祈願する。子どものいる家庭では供物台を設け、彩亭や彩轎などを供えて七娘媽を祭る。衢州関渓村の七月七日の民俗廟会は明代に始まり、数百年にわたって続いている。浙江の農村では、洗面器で露を受ける習俗が広く行われ、牛郎と織女が再会するときに流した涙だと伝えられている。

安徽:七夕の習俗は、乞巧や巧果を食べることなど、伝統的な活動を中心とする。

福建:閩南では七夕を「七娘生」または「七娘媽生」と呼び、多くの習俗が「七」という数字と結びついている。供物の果物は七種、香花と化粧品は七組、箸は七膳、酒杯は七つである。泉州では、七夕に「乞巧」「陳瓜果」「小児拜天孫」などを行う。子どもが生まれて最初に迎える七夕には、「新契」として七娘媽を「契母」、すなわち義理の母として拝する。また、その日に端午節から手首に結んでいた「続命縷」を外す。さらに、赤白二色のもち米団子で中央をくぼませた糖粿を作り、七娘媽に供える。女性たちは月に向かって針に糸を通し、「得巧」を競う。七夕の夜、少女や若い既婚女性は月光の下に香案を設け、香を焚いて織女を拝む。福州では、女性たちが香炉と茶、酒、五子――桂円、紅棗、榛子、落花生、瓜子――および脂粉を供えて二つの星を祭る。祭りの後、脂粉の半分は織女に与えるため屋根に投げ、残り半分は自分たちの化粧に用いる。

江西:七夕の習俗は、乞巧や瓜果を並べることなど、伝統的な活動を中心とする。

山東:済南、恵民、高青などでは乞巧の方法は非常に簡素で、瓜果を並べて巧みさを願い、喜蛛が瓜果の上に巣を張れば「乞得巧」とする。鄄城、曹県、平原などでは「巧巧飯」を食べる。七人の娘が穀物を持ち寄って餃子を作り、その中にそれぞれ銅銭、針、紅棗を入れる。銭を食べ当てた者は福があり、針を当てた者は手先が器用になり、棗を当てた者は早く結婚するとされる。膠東地区では七姐神を拝することが多く、若い女性たちは新しい服を着て集まり、七姉妹の契りを結び、乞巧の歌を歌う。諸城、滕県、鄒県一帯では七夕に降る雨を「相思雨」または「相思涙」と呼ぶ。魯西南では七人の娘が銅盆に水を張って日光にさらし、正午に水面に水紋が現れると「抛針」して巧みさを願う。針が水面に浮けば「巧人」とされる。夕食後には果物や供物を並べ、香を焚き、跪いて織女星を拝する。

華中地区

河南:七夕の習俗は、主に乞巧活動を中心とする。

湖北:郧西七夕の習俗は2014年、第四批国家級無形文化遺産名録に登録された。漢水流域、湖北西北部を含む地域では、七夕に三日三夜にわたる民間の祭祀、歌舞行事が行われる。

湖南:長沙では都市・農村を問わず女性たちが庭に瓜果を置き、二つの星に平安を祈る。刺繍を学ぶ少女たちは月光の下で針に糸を通し、織女に刺繍技術を授けてもらえるよう願う。七夕前夜には桶や盆に「鴛鴦水」――半分は井戸水、半分は川の水――を入れ、屋外に置く。湘潭の『攸県志』には、“七月七日,妇女采柏叶、桃枝,煎汤沐发”と記されている。

華南地区

広東:広府地区では七夕を「七姐誕」と呼ぶ。広州の「拜七姐」、すなわち「七娘会」は特に特色がある。娘たちはあらかじめ色紙や通草などを用いてさまざまな精巧な小物を編み、穀物の種や緑豆を水に浸して発芽させ、「拜仙禾」、「拜神菜」と呼ぶ。初六の夜から初七の夜にかけて、娘たちは新しい服を着て新しい装飾品を身につけ、香を焚き、蝋燭を灯して星空に跪き、「迎仙」と呼ばれる儀礼を行い、三更から五更まで七回拝礼する。灯影の中で糸を持ち、針穴に通し、一息に七つの針穴へ通せた者は「得巧」し、「巧手」と呼ばれる。東莞道滘鎮の「七夕貢案」は伝統的な拝月習俗で、儀礼には擺巧、拜仙、乞巧、洗七姐水などが含まれる。初六の朝、女性たちが祭壇を整え、人々が貢案を見物する。初七の子の刻には、紙で作った七姐の衣服を焼いて祭る。珠村の「擺七娘」には、擺巧、拜仙、乞巧、吃七娘飯、看七娘戯などが含まれる。広州の七夕には、女性が舟に乗って石門沉香浦へ遊ぶ習俗もあり、舟は素馨花や茉莉花で飾られる。広東の民間では苹婆を供物に用いる。広東、広西などでは、七夕に「七月七水」、別名「七姐水」、「双七水」を蓄える習俗が広く行われ、病を治すと伝えられている。

広西:七夕の早朝、仙女が人間界に降りて水浴びをし、その浴び水を飲めば邪を避け、病を治し、寿命を延ばせると伝えられる。この水は「双七水」と呼ばれる。人々は鶏が鳴くと我先に川辺へ水を汲みに行き、新しい甕に入れて後日使う。体が弱く病気がちな子どもは、赤い紐に七つの結び目を作って首に掛け、健康を祈ることが多い。

海南:七夕の習俗は華南の他地域と近く、乞巧などの活動を中心とする。

香港・マカオ:香港の七夕習俗は広東と近く、拜七姐などの伝統がある。マカオの七夕習俗は広府地区と同じ系譜に属する。

西南地区

四川:西南一帯では七夕に爪を染める習俗がある。

重慶:七夕の習俗は、主に乞巧活動を中心とする。

貴州:七夕の習俗は西南の他地域と近い。

雲南:七夕の習俗は、主に乞巧活動を中心とする。

チベット:七夕の習俗は、主に伝統的な乞巧活動を中心とする。

西北地区

陝西:黄土高原では、女性たちが七夕の夜に「結扎巧姑」を行う。藁で高さ約一メートルの「巧姑」、すなわち織女を象徴する人形を作り、緑の上着と赤い裙を着せて庭に座らせる。女性たちは瓜果を供え、あらかじめ育てておいた豆苗や葱芽、すなわち「種生」、「巧芽芽」を出す。豆苗や青葱を切って清水を入れた碗に置き、月光の下にできる影を見て巧拙を占う。さらに、針に糸を通す速さを競ったり、切り紙の窓飾りの競技を行ったりして、知恵と器用さを競う。省級無形文化遺産には「長安斗門石婆廟七夕伝説」と「大荔乞巧節」がある。

甘粛:隴南西和県、礼県一帯の乞巧節は1800年以上にわたって伝承され、中国古代の乞巧習俗の「生きた化石」と称されている。2008年には国家級無形文化遺産名録に登録された。行事は旧暦六月三十日の夜から七月初七の夜まで、七日八夜にわたって行われ、坐巧、迎巧、祭巧、拜巧、娯巧、卜巧、送巧という七つの段階に分かれる。坐巧は準備段階である。迎巧は最初の儀礼で、娘たちは盛装して列を作り、村外へ出て「巧娘娘」を人間界へ迎える。祭巧は毎日行う祭拝である。拜巧は初二から初六まで続き、互いに参拝し交流する。娯巧では娘たちが巧歌を歌い、巧舞を踊る。卜巧が最高潮で、「神水」を使って巧芽を摘み、水に入れ、その投影模様によって未来を占う。送巧は七月初七の深夜に『送巧歌』を歌い、巧娘娘の像を川辺まで運び、焼いて天界へ送り返す。西和県の乞巧民俗は秦漢に起こり、唐宋に発展し、明清に盛んになった。

寧夏:七夕の習俗は、主に伝統的な乞巧活動を中心とする。

青海:七夕の習俗は、主に伝統的な乞巧活動を中心とする。

新疆:七夕の習俗は、主に伝統的な乞巧活動を中心とする。

台湾地区:七夕には「七娘媽」を拝する。各家庭では牲礼、果物、花粉などを用意し、軒先で紙を焼いて七娘媽の誕生日を祝い、子どもが身につけていた五色の糸も一緒に焼く。台南の「做十六歳」の成人儀礼が最も有名で、子どもが十六歳になると、両親が七娘媽廟へ連れて行き、幼児期、児童期、少年期を守ってくれた七娘媽に感謝する。学子は状元の装いをし、親に伴われて「七娘媽亭」をくぐり、「大人になる」ことを象徴する。台湾の民間では、別に小さな碗に油飯を用意し、部屋の中で「床母」を拝する。七夕に七娘媽を拝する習俗は康熙年間から伝えられている。

北方

北方の七夕節は、「乞巧」と「斗巧」を中心とし、女性たちの手仕事の技を競い、披露することを重視する。山東の済南、恵民、高青などでは、瓜果を並べて巧みさを願い、喜蛛がその上に巣を張れば「乞得巧」とする。山東の鄄城、曹県、平原などでは「巧巧飯」を食べる。七人の娘が穀物を集めて餃子を作り、その中に銅銭、針、紅棗をそれぞれ包む。銭を当てた者は福があり、針を当てた者は手先が器用で、棗を当てた者は早く結婚するとされる。陝西黄土高原では、女性たちが「巧姑」を作り、針通し、縫い物、窓飾りの切り紙などを競う。河南・開封には、子どもが「磨喝楽」で遊ぶ習俗がある。北方の七夕では、女性の技を披露し競うことがより重視されている。

南方

南方の七夕節では、「拜七姐」と「七夕水を蓄える」ことが特に際立った特色である。広東・広州の「拜七姐」、すなわち「七娘会」が最も代表的である。娘たちはあらかじめ色紙や通草などで小物を作り、穀物の種や緑豆を水に浸して発芽させ、「拜仙禾」、「拜神菜」と呼ぶ。初六の夜から初七の夜まで七回拝礼する。広西には七夕に「双七水」を蓄える習俗があり、邪を避け、病を治し、寿命を延ばすと伝えられる。福建閩南と台湾では、七夕は子どもの成長を守る「七娘媽生」へと発展した。浙江には露を受けることや、瓜棚の下でひそひそ話を聞くことなど、浪漫的な習俗もある。南方の七夕は、祭祀儀礼と水崇拝の伝統をより重視する。

西北

西北地区の七夕節では、甘粛・西和の乞巧節が最も著名である。西和県、礼県の乞巧節は1800年以上にわたって伝承され、中国古代乞巧習俗の「生きた化石」と称され、2008年に国家級無形文化遺産名録へ登録された。行事は旧暦六月三十日の夜から七月初七の夜まで、七日八夜にわたって行われ、坐巧、迎巧、祭巧、拜巧、娯巧、卜巧、送巧という七つの段階に分かれる。陝西黄土高原にも、結扎巧姑や、物の影を用いた占いなど独特の習俗がある。

結び

余韻

七夕節の民俗行事は、「乞巧」と「祈願」をめぐる壮大な文化絵巻である。針に糸を通す技を競うことから七姐への敬虔な祈りまで、喜蛛応巧の遊び心ある占いから投針験巧の巧妙な遊戯まで、七夕水を蓄えて病を祓い福を願うことから巧果に託された甘やかな願いまで――七夕の習俗は、古人の星への崇拝、技への追求、愛への憧れ、幸福な暮らしへの願いを一つに結び合わせている。

七夕は「乞巧」の節日である。織女は、美しく聡明で、心も手も巧みな仙女と考えられてきた。人間界の女性たちは七夕の夜に彼女へ知恵と技を願い、針仕事や女紅の技を身につけようとした。「穿針乞巧」「喜蛛応巧」「投針験巧」――どの乞巧の方法も、古代の女性たちが「心霊手巧」という美徳を追い求め、憧れたことの表れである。男が耕し女が織る伝統社会において、心も手も巧みであることは、女性が身を立てるための根本の一つであった。

七夕はまた、「祈願」の節日でもある。女性たちは巧みさだけでなく、子ども、長寿、美、そして愛を願った。世の中の数えきれないほどの恋する男女も、この夜、星空に向かって良縁と幸福を祈った。七夕節は常に牛郎織女の伝説と結びついている。それは、美しく、千古に語り継がれてきた愛の物語である。“金风玉露一相逢,便胜却人间无数”は、秦観が『鵲橋仙』において七夕を最も浪漫的に描いた一節である。

七夕の節俗は、「乞巧」と「祈願」の完全な融合を実現している。乞巧は技を追い求めることであり、祈願は幸福を願うことである。乞巧は女性が身を立てる根本であり、祈願は人生における永遠の主題である。七夕節は2006年、第一批国家級無形文化遺産名録に登録された。甘粛・西和で七日八夜にわたって行われる完整な乞巧儀礼から、広州・天河の特色ある「七娘会」まで、浙江・温嶺で子どもの成長を守る「小人節」から、湖北・郧西で三日三夜続く祭祀と歌舞まで――七夕節の習俗は二千年以上の時を越え、その独自の文化的魅力によって、中華民族の精神的なふるさとの中で絶えず息づき続けている。七夕節の習俗は、中華民族の「勤労と知恵」という伝統を集中的に示すものであると同時に、中国人の「美しいものを求める」精神を日々の暮らしの中に表したものでもある。乞巧と祈願のあいだで、七夕節は技について、愛について、そして生命について、何度も深い対話を重ねてきた。

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