虎民俗
「 虎威镇宅舍,百邪尽退藏。 」
歳時と節令の習俗
伝統的な歳時生活の中で、虎は複数の役割を担っています。邪を祓い疫病を退ける守護者であると同時に、新年を迎え福を招く吉祥の存在でもあります。
彝族虎節 —— 虎舞
彝族虎節は、現存する虎トーテム信仰の祭祀性節日の中でも、特に完全な形で受け継がれているものの一つで、国家級無形文化遺産代表性項目に登録されています。
時期と場所
毎年、旧暦正月初八から十五日まで、雲南省楚雄州双柏県法脿地区の彝族羅羅支系で行われ、祭りは八日間続きます。
祭りの流れ
虎節の中心的な儀礼は、虎を迎える、虎を舞う、虎を拝む、虎を送るという四つの段階から成ります。
文化的意味
彝族は自らを羅羅と称し、彝語の「羅」には「虎」の意味があります。男性は羅頗、すなわち雄虎、女性は羅羅摩、すなわち雌虎と呼ばれることがあります。彝族の宇宙観では、虎は天地万物の祖先とみなされます。虎節は単なる祭りではなく、古い虎文化を現代へ伝える生きた継承そのものなのです。
虎神を迎える
— 正月初八、彝族の祭司である畢摩が占いを行い、村から八〜十五人ほどの青年・壮年男性を選び、虎舞の一団を組織します。
虎に扮する
— 選ばれた男性たちは上半身の衣服を脱ぎ、身体に黒いフェルトを巻きつけて虎皮に見立てます。露出した部分には虎紋を描き、全身を虎の姿へ変えていきます。
虎舞
— 初八から十五日まで、一日ごとに一頭ずつ「虎」が増え、最終的に八虎がそろうところで最高潮を迎えます。演目は非常に豊富で、生産舞では耕作、播種、除草、収穫、脱穀などの動きを表現し、生殖舞では「虎の接吻」「虎の交合」「虎の卵守り」などが演じられます。さらに生活舞として「虎の橋架け」「虎の家造り」などもあります。
邪を祓う
— 虎舞の一団は各戸を巡り、舞によって邪気を祓い、福を祈ります。
虎神を送る
— 正月十五日、虎神を山へ送り返し、祭りは終わります。
土族於菟 —— 於菟舞
於菟(wū tú)は、古代中国語における虎の別称で、『左伝』や後世の辞書類にも記録されています。青海省同仁県年都乎村の土族に伝わる於菟舞は、非常に強い生命力を保つ古代文化の遺存とみなされています。
時期と場所
毎年、旧暦十一月初五から二十日まで、青海省黄南チベット族自治州同仁県年都乎村で行われます。なかでも十一月二十日が中心儀礼の日で、「黒日」と呼ばれます。土族ではこの日を一年のうちでも不吉な日とみなし、鬼神や邪霊が現れて災いをもたらすと考えてきました。
儀礼の流れ
文化的起源
於菟習俗の起源については複数の学説があります。その中でも影響力が大きいのが、楚文化の虎トーテム説です。これによれば、「於菟」は古代楚語で虎を意味し、年都乎村の於菟舞には春秋時代の楚文化の要素が保存されていると考えられます。そのため、この村は人類学研究の重要なフィールドにもなっています。
身体を清め、虎豹紋を描く
— 村の各戸の男性が山神廟へ赴き、香を焚き、礼拝します。七人の於菟が上半身裸となり、ズボンの裾をまくり上げ、身体に香灰を塗り、墨で胸や脚に虎紋と豹紋を描きます。二人の大於菟には虎紋、五人の小於菟には豹紋が描かれます。
於菟舞
— 儀礼が始まると、於菟たちは法師に追い立てられるように狂奔しながら舞い、塀を越え、各戸を巡り、鬼や邪を追い払います。
疫病と邪気を祓う
— 平安を祈る祷文を唱え、人と神が共に楽しむ儀礼を行い、病や不浄を退けます。
東北地方の虎神信仰
中国東北部には、大興安嶺、小興安嶺、長白山などの山地が広がり、かつては野生動物が豊富に生息していました。虎は、赫哲族、朝鮮族、満洲族、モンゴル族、オロチョン族などにとって、崇拝・畏敬・恐怖の対象となりました。
赫哲族:赫哲族は伝統的に万物有霊の観念を持ち、虎を神として敬い、一般に「山神爺」と呼びます。狩猟中に虎に遭遇した場合は道を譲り、退くべきとされ、虎を狩ること自体が禁忌です。
中国朝鮮族:虎を山神の化身とみなし、人々を守護する存在と考えます。朝鮮族の巫俗では、多くの巫者が祭壇に山神図や虎神図を掲げたり、山神の祭壇に供えたりします。十九世紀頃からは、虎鵲図と呼ばれる年画が広まり、旧暦正月初一に門へ貼って平安を祈る風習が定着しました。
虎日と虎月
一部の民族では、虎は暦の上でも重要な意味を持っています。彝族では虎を暦の最初に置き、年、月、日、時を数える基準として用います。南澗彝族自治県の彝族では、三年に一度、旧暦正月の最初の虎日に、虎母十二獣舞を踊ります。この正月自体も虎月とみなされます。
民間信仰
虎崇拝は、中国でも最古層に属する民間信仰の一つです。その起源は先史時代の部族トーテム信仰にまで遡ることができ、商周時代には青銅祭器の装飾文様に取り込まれ、漢代には道教神系と生肖文化の中へ組み込まれていきました。
虎トーテムと虎祖信仰
虎トーテムの起源
虎は非常に早い時期から、中国のトーテム動物の一つとなっていました。新石器時代の良渚文化の玉琮や、商代の青銅器には、すでに虎を思わせる意匠が見られます。虎崇拝は古代部族のトーテム信仰にまで遡り、中国古代の観念では、虎は万能の守護神として崇められ、天門と人間世界の双方を守る存在と考えられていました。
虎祖伝説
中国の多くの民族では、虎を創世神、あるいは人類繁衍の祖とみなす伝承が存在します。チベット族、朝鮮族、モンゴル族、満洲族、白族、拉祜族、土家族、納西族など、さまざまな民族に虎崇拝が残されています。
日常生活の中の虎トーテム
多くの彝族地域では、虎の意匠が生活の隅々に現れます。門の上に虎頭を描いた瓢箪を掛け、入口には石虎を置き、子どもには虎頭帽をかぶせ、老人には虎頭鞋を履かせます。女性の腰衣には虎頭が刺繍され、衣服にも虎紋が多く用いられます。
彝族
虎を天地万物の祖先とみなします。
赫哲族
虎を「老祖宗」と呼び、赫哲族の女性と虎の間に生まれた子が民族の祖先になったという伝承があります。
拉祜族
自らを「虎を狩る人々」と説明する伝承があります。昔、九人の兄弟が一頭の虎を捕らえ、その肉を焼いて食べたことから民族名が生まれたという説話もあります。
白族・土家族
いずれも白虎トーテム崇拝の伝統を持ちます。
白虎信仰と四象体系
漢代になると、白虎は百獣の王であり、西方を守る神獣として明確な姿を整えました。中国古代の四象体系では、白虎は青龍・朱雀・玄武と並ぶ四大神獣の一つです。
青龍は東方を守り、春と木に対応し、朱雀は南方を守り、夏と火に対応します。白虎は西方を守り、秋と金に対応し、玄武は北方を守り、冬と水に対応します。
この体系の中で、白虎は西方、秋、金、戦争、刑罰、武威を象徴します。漢代以降、道教神系へ取り込まれ、邪を祓い、守護をもたらす神獣となりました。また、西方を守る鎮守神として、火災、盗難、邪祟という家の三大災いを防ぐと信じられてきました。
農耕守護神としての虎
虎は四方を守る神であるだけでなく、農耕を守護する神としても崇められました。『礼記』には、「虎を迎うるは、田豕を食らうが故なり。故に迎えて祭る」という趣旨の記述があります。つまり、畑を荒らす野猪を虎が捕食するため、農作物を守る存在として虎を祭ったのです。
西周時代、歳末の諸神祭祀には虎への祭りも含まれていました。毎年旧暦十二月、周王は蜡祭、別名羅祭を行いました。「羅」は彝語で虎を意味することから、この祭祀を虎神と関係するものと解釈する見方もあります。
「陽物」として邪を祓う虎
漢代の応劭は『風俗通義』に、「虎は陽物にして百獣の長、執搏し、鋭を挫き、鬼魅を噬うこと能う」と記しました。虎は陽気に満ちた存在として、陰気や鬼魅を圧倒できる神獣とみなされたのです。
虎の絵はしばしば正門に向かう壁に掛けられ、鬼神がその虎威を恐れて家へ入らないようにしました。
少数民族の虎崇拝
西南諸民族:彝族、納西族、拉祜族、傈僳族、哈尼族、怒族、阿昌族、土家族、白族、普米族など、多くの民族に虎を尊ぶ風習があります。歴史的には、彝語系の諸民族の多くが虎崇拝を中心とする初期宗教形態を保持しており、古代氐羌系集団の中でも虎信仰は広く見られました。
南詔国:唐代の南詔王室では、虎皮を衣服の装飾に用いました。794年、唐の徳宗が異牟尋を南詔王に冊封した際、異牟尋は唐使を迎えるため、「金甲をまとい、虎皮を被った」と記されています。南詔では虎を波羅と呼び、これは彝族先民の発音を漢字で写したものとされます。
土家族:白虎の痕跡は土家族の生活の随所に見られます。婚礼では、新郎側の正堂の大八仙卓に虎皮を敷くことがあり、虎祖への敬意を象徴します。
吉祥寓意
中国の吉祥文化では、「虎」は民間の語呂合わせによって「福」や「富」と結びつけられ、福徳、富貴、力を象徴する意味が付与されてきました。
虎年の吉祥語
虎年には、とりわけ多くの吉祥句が用いられます。
邪を祓い福を招く虎
民間では、虎はきわめて強い動物とみなされ、火災、盗難、邪祟という家の三大災いを防ぐと信じられてきました。虎の絵を正門に向かう壁に掛け、鬼魅が恐れて入れないようにします。
後には、子どもに虎頭帽や虎頭鞋を着用させて邪を避ける風習が生まれ、また虎頭枕で眠ることで身体を強くしようとする習慣もありました。
虎の吉祥象徴
虎は漢族の中で長く、正義、勇猛、威厳の象徴として崇められてきました。虎を描いて邪を鎮める、虎に子を願う、虎の意匠を身につけて守護を得るといった習俗は、虎文化の強い生命力を示しています。
日常生活の中でも、虎頭枕で眠り、虎頭鞋を履き、子どもに虎頭帽をかぶせ、乳児に虎紋の腹掛けを着せるなど、虎の神威を借りて邪を祓い、災いを避け、家を守り、福を招こうとしてきました。
民間美術
虎は中国民間美術の中でも最も頻繁に登場する題材の一つです。年画、剪紙、布虎、泥玩具など、さまざまな媒体に現れ、その姿は威厳に満ちると同時に愛らしくもあります。
年画の虎
鎮宅神虎
山東省濰坊の楊家埠年画は、中国を代表する木版年画の一つで、その中でも『鎮宅神虎』は代表的な虎題材です。
画面では、猛虎が聚宝盆を守り、財を守り、蓄えることを象徴します。印章には「泰山神虎」とあり、題字は虎威を讃えます。
民間では、この年画には家を鎮め、邪を退け、一家の平安を守る力があると考えられ、春節に広く貼られました。
楊家埠には興味深い民間解釈も伝わっています。画店の主人には楊姓が多く、「楊」は「羊」と同音です。羊が虎に出会えば「羊入虎口」を連想して不吉であるため、虎をどう表現するかには特に注意したといわれます。
山林猛虎
楊家埠年画には『山林猛虎』という題材もあります。画面は黄色を主調とし、虎の身体には赤い装飾文様が加えられています。
虎は山を下る姿で描かれ、体躯は巨大、尾は高く上がり、牙をむき出しにし、百獣を圧する威勢を見せます。民間では、山を下る虎は特に力が強く、家を守る力を持つと信じられました。
武松打虎
楊家埠年画では、『武松打虎』もよく知られた題材です。木版画では虎は非常に凶猛で威厳ある姿に描かれ、四方を震わせる勢いと不可侵の威勢が強調されます。
剪紙の虎
民間剪紙の虎は、しばしば活発で、愛嬌があり、軽快で、生き生きとした姿に表現されます。そこでは凶猛さよりも、吉祥性と人間生活への親しみが強く表れています。
膠東地方には、「龍生虎奶鷹搭棚」と呼ばれる厭勝剪紙があります。虎は笑顔を見せ、尾を下げ、爪を隠し、母性的な慈愛を表しています。その腹の下には、仰向けになって虎の乳を飲む子どもが描かれます。
ここでは虎が人類の母のような存在となっています。民間では、この図像を西楚覇王・項羽の出生伝説と結びつけ、出生後に捨てられた項羽が虎に乳を与えられたという話を伝えます。この意匠には、「家に虎子が生まれる」という吉祥の願いが込められています。
布虎
布虎は、中国で最も代表的な虎形の民間玩具の一つで、全国各地に広く分布しています。
布虎の役割
主な役割は、邪を祓い、災いを避け、平安を守り、吉祥を招くことです。布で虎を縫い、桃木の削り屑などを詰めて「乖虎」を作り、子どもが虎のように健康で勇敢に育ち、一生守られるよう願います。
民間には、「姥姥送帽、姨姨送鞋」という言い伝えがあります。子どもの百日祝いには、年長の親族が布虎、虎頭鞋、虎頭帽などを贈り、福を招き、災いを遠ざけます。
各地の布虎の特色
布虎の造形は地域によって大きく異なります。山東や河南では、眉を艾の葉二枚の形にすることがよくあります。河南淮陽の虎頭鞋刺繍には、双鳥・双魚の文様が入り、男女の結びつきと生命の継承を象徴します。
陝西鳳翔では、鮮やかな虎眉の装飾の中に双魚が隠され、運城の魚尾布虎では虎と魚の造形が融合し、身体や尾部に魚の意匠が組み込まれ、両側の大きな魚が尾で交差します。
虎頭鞋と虎頭帽
虎頭鞋と虎頭帽は、中国民間文化の中でも特に代表的な児童衣装です。
虎頭鞋:靴を虎頭の形に縫い、幼い頃から虎眼を持つ靴を履かせます。そこには、子どもが一生正しく吉祥な道を歩むようにという願いが込められています。虎は百獣の王であるため、満一歳頃の子どもに虎頭鞋を履かせ、邪を祓い、平安を守り、健やかな成長を守護すると信じられてきました。
虎頭帽:形は複雑で、色彩豊か、吉祥寓意に満ちています。虎頭の形に作られ、子どもが勇敢で威勢ある人物へ育つよう願います。虎頭の甲冑をまとった武将のような強さを象徴するのです。
虎頭帽には邪を祓い、家を守るだけでなく、子どもが丈夫で元気に育ち、長寿を得るという願いも込められています。虎頭鞋と虎頭帽は一緒に用いられることも多く、また男子には赤、女子には緑という習慣もあり、「男児は龍となり、女児は鳳凰となる」ことを願います。
泥叫虎と虎形玩具
泥叫虎は山東省高密の伝統的な民間玩具です。泥で虎を形作り、中を空洞にし、前後を羊皮紙などでつなぎます。押したり引いたりすると、独特の鳴き声を発します。
村の路地では、虎頭帽と虎頭鞋を身につけた子どもが、泥叫虎を手に歌い踊る姿も見られました。ほかにも大叫虎、坐泥虎などさまざまな形があります。各地の虎形玩具は素材、造形、色彩こそ異なりますが、子孫繁栄、健康、平安への願いを共通して託しています。
禁忌と禳解
虎は吉祥の神獣である一方、その強大な力ゆえに、虎そのものや虎年生まれの人に関する多くの禁忌も生まれました。
虎年生まれの禁忌
婚礼・喪礼の禁忌:一部の民間習俗では、虎は百獣の王で人を傷つける力を持つため、虎年生まれ、とりわけ女性は、縁談の際に年齢を偽って生肖を隠すことがあったとされます。
婚礼の場でも、虎年生まれの人は式を見ないほうがよいとする習俗があります。虎は人を傷つけるだけでなく、生殖に不利な連想を持つとも考えられ、新婦の妊娠に影響すると恐れられたためです。
また、虎年生まれの人が他人の新房へむやみに入ると、新婦に「白虎煞」をもたらすとされることがあり、産室へ入ることも、胎神を驚かせたり妊娠に影響したりする恐れから避けられる場合がありました。
鎮煞儀礼における特別な役割:禁忌がある一方で、虎年生まれの人が不可欠とされる場面もあります。鎮煞、送煞、破煞などの儀礼では、龍年・虎年生まれの人を招いて協力してもらうことがあります。その強い霊威によって神霊を助け、邪を退け、地域の平安を守ると考えられるからです。この場合、虎の「凶猛さ」は正の力として利用されます。
生肖相冲:伝統的な婚配文化では、虎年生まれは蛇・猴との組み合わせを避けるべきとされ、「夫妻相克、憂愁絶えず、幸福を得難い」といった説が伝えられます。一方、馬・狗は吉配とされ、「天作の縁、福禄豊か、家道昌隆」といった祝福的な意味を持ちます。
本命年の禁忌
虎年生まれが本命年を迎える際には、いくつかの伝統的な注意があります。
虎年そのものの禁忌
漢族や一部の民族には、特定の生肖年を特別に警戒する古い習俗があります。特に龍年と虎年は、龍や虎が猛威ある存在で、人を傷つけうると考えられてきたためです。
虎年、すなわち寅年を不吉とみなし、その年に生まれた人は運勢が悪い、あるいは気性が強すぎるとする民間説もありました。
虎と邪を祓う民間儀礼
漢代には、門に虎を描いて邪を祓い、家を守る風習がありました。虎門神は福を招き邪を避ける存在とされ、また正門に向かう場所へ虎絵を掛け、鬼魅を恐れさせて家へ入らせないようにしました。
端午節には、子どもに五毒背心を着せることがあります。五毒を虎の周囲に配し、中央の虎がそれらを退けるという意匠です。この日の虎は「艾虎」と呼ばれます。艾草そのものにも、邪を祓う力があると考えられてきました。
民間言語と俗語
虎は中国の民間言語に非常に豊かな痕跡を残しています。鼠をめぐる言葉がほぼ否定的で、牛をめぐる言葉が多く肯定的であるのに対し、虎をめぐる言語には畏敬と凶猛という二つの基調があります。威厳と勇気を讃える一方で、危険と恐れも強く表現されます。
成語の中の虎
肯定的な表現――勇気と威勢を強調するもの:
否定的・警戒的な表現――危険を強調するもの:
中性的な表現:
虎にまつわる諺
虎に関する民間諺は非常に多く伝えられています。
虎の歇後語
虎に関する歇後語は、生き生きとしてユーモラスで、記憶にも残りやすい表現です。
勇猛と威厳を表すもの:
危険と恐怖を表すもの:
偽物の虎や虚勢をからかうもの:
虎の習性を表すもの:
謎語の中の虎
虎は民間謎語にもよく登場します。
「初生牛犢不怕虎」という謎は、『水滸伝』の人名二人を当てるもので、答えは童威・童猛です。
「猜灯謎」という謎では、『水滸伝』の綽名を当て、答えは打虎将です。
また、次のような謎もあります。
「黄色い毛皮を身にまとい、 深山の林に隠れ住む。 ひとたび吼えれば天地を震わせ、 百獣の中で王と呼ばれる。」
答えは、虎です。
虎年生まれに対する民間評価
民間の生肖性格文化では、虎年生まれは独特の評価を受けてきました。
肯定的評価:勇敢で果断、指導力が強く、自信があり、おおらかで、正義感に富み、胆力がある。
否定的評価:気性が激しく、独断的で、円滑さに欠ける。
民間には、次のような句もあります。
「寅虎の威名は四方を震わし、 百獣のうち誰が王と争えよう。 一生豪気にして志は高く、 富貴は天より授かるがごとし。」
虎と児童民俗
子どもの世界において、虎は最も重要な守護者の一つであり、その姿はさまざまな場面に現れます。
童謡の中の虎
民間童謡『小猴孩子你別哭』には、次のような歌詞があります。
「小猴の子よ、泣かないで、 布の虎を買ってあげよう。 昼は抱いて遊び、 夜には『麻胡』を追い払う。」
庶民は虎を子どもを守る神とみなしていました。
また、『上山打老虎』という童謡は、
「一二三四五、 山へ登って虎を打つ。 虎には会わず、 出会ったのは……」
という形で始まります。
これは児童文学作家・高洪波と画家・朱成梁によって作られた現代童謡で、絵本では虎頭帽と虎頭靴を身につけた少年が虎退治のため山へ向かい、途中で小蛙、白兎、太った子豚、猿、松鼠などに出会います。童謡形式で、二拍子のリズムが繰り返され、朗誦しやすい構成になっています。
虎年の童謡には、
「虎年には小虎になろう、 虎の服を着て、 虎山へ来て大鼓を打とう……」
といった歌もあります。
児童遊戯の中の虎
伝統的な子どもの遊びでも、虎はよく登場します。
児童習俗の虎頭鞋と虎頭帽
前述のように、虎頭鞋と虎頭帽は子どもの重要な厭勝衣装です。春節、元宵節、また新生児の洗三、百日、満一歳といった節目には、虎頭鞋、虎頭帽を身につけ、虎頭枕を使わせる風習があります。
虎頭鞋に関する童謡も、現在まで多く伝えられています。
虎玩具
布虎は、子ども向け虎玩具の中でも最も代表的なものです。春節、元宵節、洗三、百日、満一歳などの行事では、新しい命への贈り物として、また子どもの遊び相手として、さらに新年の祝祭装飾としても用いられます。
文学と芸術の中の虎
虎は中国文学・芸術史に非常に豊かな痕跡を残してきました。『詩経』から唐詩・宋詞へ、伝統的な虎画から近代の張善孖の名作まで、虎は文人・画家の筆の下で多様な文化的姿を獲得してきました。
『詩経』の虎
『詩経』には虎が登場する篇がいくつもあり、中国文学における虎イメージの最古層の一つを形作っています。
『小雅・巷伯』には、
「彼の譖人を取り、豺虎に投げよ。 豺虎もし食らわずんば、北方に投げよ。」
という趣旨の句があり、中傷者を猛獣に投げるという激しい表現が使われています。
『大雅・韓奕』には、
「奕奕たる梁山、 維禹これを甸す。 有熊有羆、 有猫有虎。」
といった自然描写があり、韓の地の豊かな山川と動物相を表します。
『魯頌・泮水』には、
「既に泮宮を作り、 淮夷来同す。 矯矯たる虎臣、 泮に献馘す。」
とあり、「虎臣」は勇猛な武将をたとえる表現として用いられます。
歴代詩歌の虎
中国詩歌の海では、虎に関する詩句は非常に多く、『詩経』以来、虎は豊かな文化的意味を持つイメージとなりました。
魏晋南北朝:南朝詩人謝恵連には、
「猛虎は深山に隠れ、 長嘯して風を生ず。」
という詩句があります。
唐代:岑参は悪俗を改め猛虎を追う表現を詩に詠み、杜甫も荒涼たる情景を強めるために猛獣のイメージを用いました。
宋代:范成大は虎や鼠を人事と結びつけて詠み、陳師道は「衆口も虎を成さず」といった表現を用い、鄧林は虎画詩の中で、鋸のような牙、鉤のような爪、山谷を震わせる咆哮を讃えました。
明代:王広洋は『画虎』で、「虎は百獣に尊く、敢えてその怒りを犯すものなし」と詠み、禅僧寒山も、長く吼える虎の声が空山と林木を震わせる情景を描きました。
清代:趙翼は、裂けた崖、絡み合う蔓、ひび割れた老木、そこへ身体を擦りつける虎を詠みました。
歴代の虎画
工筆画、写意画、漆画など、虎を題材とする作品は無数にあり、中国絵画史には虎を好んで描いた画家が数多く存在します。
張善孖・張大千 —— 近代虎画の大家
張善孖(1882–1940)は、名を沢、字を善孖、号を「虎痴」とし、四川内江の人で、張大千の兄です。
彼は生涯にわたり、虎を愛し、虎を飼い、虎を描きました。虎の習性をより深く観察するため、かつて網師園で虎を飼育し、近距離から写生・観察を行ったと伝えられています。
その虎画はきわめて精細で、生き生きとしていました。林語堂はその作品を評し、筋肉、背骨、肩、爪の一つ一つに力が宿り、非常に写実的であると賞賛しました。
張善孖はその後、張大千との合作180点を携えてフランスやアメリカへ赴き、義援展や販売を行いました。フランス大統領アルベール・ルブランも展覧会を訪れ、張善孖を「現代東方芸術の代表」と称えたとされます。
また張善孖は、『西廂記』の恋愛表現十二句を題材に十二幅の虎画を制作し、『十二金釵』と名づけ、世相を風刺しました。このシリーズは広く知られるようになりました。
張大千は兄と合作することが多く、張善孖が虎を描き、張大千が背景の山水を補いました。『松風虎嘯』や『群虎嘯谷』などの合作では、張善孖の虎たちが渓流を走り、跳躍し、眠り、遊び、吼えるなど、多様な姿で生き生きと描かれています。
歴代の虎画名家:唐寅(唐伯虎)は、その名に「虎」の字を持つだけでなく、虎画にも優れたとされます。近代では、張善孖・張大千兄弟が虎画を代表する画家として広く知られています。
古典小説の虎
『水滸伝』の虎:最も有名なのは武松打虎です。景陽岡で武松が素手で猛虎を打ち倒す場面は、中国文学を代表する英雄伝説の一つとなりました。
また、李逵殺虎では、李逵が母の仇を討つため四頭の虎を殺します。『水滸伝』では、「虎を打つ」ことが英雄の証となり、人間の勇気が猛虎さえも制するという民間的英雄観を表します。
『西遊記』の虎:物語には虎力大仙が登場します。車遅国の三大仙の一人で、孫悟空と法術や祈雨を競い、最終的に敗れます。
また唐三蔵の旅では、虎精である寅将軍にも遭遇します。『西遊記』の虎は妖怪として現れることが多い一方、騎獣や神獣として肯定的に描かれる場合もあります。
虎にまつわる民間語彙の文学典故
「打虎」の典故:後漢時代、南陽の宗均が九江太守を務めていた頃、当地では虎害が多発していました。宗均は、虎害は貪官酷吏の害に通じると考え、政治では「貪残を退け、忠良を進める」べきだと主張しました。
虎を捕える罠を撤去し、税を軽減すると、九江の虎害もやがて収まったと伝えられます。ここで「打虎」と貪官の取り締まりが直接結びつけられており、この故事は「打虎」という表現の古い文化的源流の一つとみなすことができます。
結びの考察
寅虎の民俗文化は、中国生肖民俗の中でも、とりわけ力強く、守護性に富んだ一章です。人々の虎に対する感情には、畏敬と親しみが同時に存在しています。百獣の王の威厳を恐れながらも、その陽気の力を借りて、あらゆる邪を退けようとしてきました。
虎は単に勇気、正義、威厳の象徴であるだけではなく、農耕の守護神、子どもの守護者、家宅を守る神としても崇められてきました。彝族の虎舞に見られる虎トーテム祭祀から、土族於菟舞の禳邪儀礼へ、西南諸民族の虎祖信仰から、漢族四象体系の白虎信仰へ――虎文化の痕跡は、中国文化世界の隅々にまで広がっています。
虎舞から於菟舞へ、年画の『鎮宅神虎』から布虎へ、虎頭鞋・虎頭帽から、「一二三四五、上山打老虎」の童謡まで、虎にまつわる風習は、歳時節令、民間信仰、吉祥寓意、民間美術、禁忌と禳解、児童民俗など、ほとんどすべての民俗領域に姿を現します。
虎は、崇められる神であると同時に、愛される仲間でもあります。この「神のように敬い、友のように愛する」独特の感情こそ、寅虎民俗文化の最も魅力的な部分の一つでしょう。
この独特な感情の根には、中国文化における虎の二重の身分があります。正統的・宇宙論的体系の中では、虎は四象の一つであり、西方の守護神であり、武威の象徴です。一方、民間の生活世界では、子どもの守護者、家の守り神、福の象徴へと変わります。
「虎虎生威」の豪気から、子どもを「虎頭虎脳」と呼ぶ親しみへ、「明知山有虎、偏向虎山行」の勇気から、「虎の尻は触れない」という畏れまで――虎という存在は、民俗文化というプリズムを通して、きわめて鮮やかな意味のスペクトルを放っています。
寅虎は十二生肖の第三位にすぎませんが、その身には、中国文化が長く抱いてきた力、勇気、正義、守護への深い願いが凝縮されています。その一声の長い咆哮は、まるで中国文明の精神的な境界を守り続けているかのようです。
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