火把節は、イ族にとって最も盛大かつ荘厳な伝統祭礼であり、中国南西部でも特に影響力の大きい少数民族祭日の一つである。毎年旧暦6月24日から27日にかけて、四川の大涼山から雲南の楚雄、貴州の烏蒙山から広西の隆林に至る広い地域で、数百万人のイ族と周辺諸民族の人々が松明を灯し、歌い踊りながら、「東方のカーニバル」とも呼ばれる大祭をともに祝う。火把節の習俗は「火」と「生命」を中心に展開される。火は闇を追い払う光であり、害虫を焼き払う力であり、天地を結ぶ神聖な媒介であり、集団を結びつける温かな象徴でもある。イ族は、松明には災厄や邪気を追い払う力があると考え、火を作物の豊作、家畜の繁栄、人々を貧困や病気から守る不思議な力として捉えてきた。したがって火把節は、豊作を祈り、災厄と邪を除く祭祀性の強い祭日であり、天を敬い祖先を祀ること、虫害や疫を焼き払うこと、豊作を願う儀礼などの民俗的特徴を備えている。
主な風習
祭り前の準備
火把節の準備は、祭日の数日前から始まる。イ族の村では、各家庭が家を掃除し、祭りに必要な品々を買いそろえ、一年で最も盛大な祝祭を迎える準備を整える。
松明づくり
松明は火把節における最も重要な祭具であり、その製作は祭り前の最も大切な準備の一つである。村では乾いた松材や樹脂を多く含む松の細片を束ねて大きな松明を作り、村の中に立てる一方、各家庭の門前には小さな松明を立てる。地域で「火把樹」と呼ばれる木を切り、一端を刀で数本に割り、そこに溶かした松脂をかけて松明を作る方法もある。伝統的にはヨモギを束ねて松明にするほか、乾燥した竹や木、松明用の松材を用いることもある。
松明の大きさには明確な区別がある。村の中央に立てる大松明は数丈にも達し、各家庭の前には中型の松明を立て、人々が手に持つものは小型である。作り終えた松明は、燃やした際に勢いよく炎が上がるよう、風通しのよい涼しい場所で乾燥させる。松明づくりは単なる技術作業ではなく、家族や村全体が参加する共同作業でもある。年長者が指導し、若者が実際に作り、子どもたちが周囲で見守る中で、祭りへの期待は少しずつ高まっていく。また、村の近くに広い場所を選び、その中央に高さ10〜20メートルほどの青松を立てる。松の頂には赤い紙花を多数付けた木棒を横に渡し、その周囲に燃えやすい柴草を積み上げて宝塔形の巨大な松明を作り、そこを主要な祭場とする。
家畜の供犠、祖先祭祀、酒食の準備
祭り前には、イ族の各家庭で牛や羊を屠る。家畜を屠ることは、単に祭日の食物を準備する行為ではなく、祖先や火の神への敬意を表す供犠でもある。人々は祖先に供える酒と肉を用意し、坨坨肉(tuotuo肉)やソバのパン・餅など、祭り特有の食物を準備する。
祭日当日、村の各家庭では活動に使うため、門前にいくつもの松明を立てる。娘たちは祭りで着る晴れ着を前もって準備し、あまりの興奮に眠れないこともあり、互いに助け合いながら身支度を整え、翌日の衣装を準備するほか、集会場へ出かけるための干し物、肉、果物なども用意する。火把節は思いきり楽しむ祭りであり、「三日間遊んでも間違いではない」という言い方さえある。結婚後初めて夫の家で火把節を迎える新婦でさえ、フェルトの肩掛けで顔を半ば隠しながら、姑や義姉妹の後ろに恥ずかしそうに身を寄せて祭りの賑わいを眺める。
第一日:祭火――火神を敬い、祖先を祀り、害虫を追う
火把節の第一日は「都載(Duzai)」と呼ばれ、「火を迎える」という意味を持つ。この日は荘厳な祭祀儀礼が中心で、火把節の中でも最も宗教色の強い一日である。
石を打って火を得る――聖火の誕生
日が暮れると、近隣の村々の人々は、年長者が選んだ場所に祭壇を設ける。祭壇は通常、村の近くの空き地や山上に石を積んで作られ、神聖な炉辺を象徴する。
最も神聖な場面は「取火」である。人々は伝統的な方法で石を打ち合わせ、火花を起こして聖火を灯す。山で採れた燧石を打って火花を出し、それでヨモギの茎を束ねた松明に火をつける。この方法は、遠い祖先が初めて火を発見し、それを保存した過程を象徴的に再現するものであり、一打ごとに祖先の知恵へ敬意を示し、一粒一粒の火花が火神への呼びかけとなる。雲南の石林などでは、畢摩(毕摩, Bimo)が雄大な老圭山で荘厳かつ神秘的な取火・祭火儀礼を行い、火打金で燧石を打って火草に着火し、その小さな火種から松明を灯していく。
畢摩の誦経――人と神との対話
聖火が灯されると、畢摩が経文を唱えながら祭火を執り行う。畢摩はイ族社会において最も権威ある文化的知識人であり、知識の集積者でもある。生者と死者の世界をつなぎ、神霊に通じる存在とされる。彼らは祭司であると同時に治療者でもあり、呪術師であると同時に歴史の記録者でもある。したがって、イ族文化における最も重要な継承者・守護者の一群を成している。
畢摩が低く力強い声で古い経文を唱える中、村人たちは火神と祖先に酒、肉、新しく収穫した穀物を供え、人や家畜の無事、五穀豊穣、祖先の加護が後世まで及ぶことを祈る。祭火儀礼で唱えられる祭文の多くは、火神の守護、害虫の駆除、穀物の豊作を願う内容である。畢摩の声は揺れる炎と重なり、夜空に響き渡り、人々の祈りを神々へ届ける。さらに畢摩は、天地祭祀、火祭、祖先祭祀、邪気払いなどの儀礼も司る。
松明行列――伝説にならう害虫駆除の儀礼
祭火儀礼が終わると、各家庭の大人も子どもも、畢摩からヨモギで作った松明を受け取り、田畑の端や隅を歩いて回る。これは、阿什嫫(Ashimo)が火で害虫を追い払ったという伝説を模したものである。人々は松明を掲げて田畑や家屋の周囲を巡り、畦道の上にうねる「火龍」を形作り、炎が一帯の田園を照らす。
人々は走りながら大声で祭文を唱える。その内容の多くは害虫を滅ぼし、穀物の豊作を願うもので、たとえば次のように唱える。「田の頭に雀は来るな、来たならその嘴をねじり潰せ。田の尾に鼠は来るな、来たならその歯を打ち折れ。穀物の中に虫は潜るな、潜ったなら松明を掲げよ。虫は火に会えば死に、穀粒は清く、ふっくら実る……」。松明行列は視覚的な壮観であるだけでなく、音の狂騒でもある。松明がはぜる音、人々の叫び、祭文の朗誦が重なり合い、圧倒的な儀礼空間を生み出す。
松明行列の経路には一定の決まりがある。各家庭は松明を持って自分たちの田畑へ向かい、それぞれの土地の端や隅まで歩き回る。そこには害虫の駆除、順調な天候、五穀豊穣を願う思いが込められている。松明は田畑を照らすと同時に、人々の豊作への希望も照らす。遠くから見ると、村全体が明るく輝いている。人々は小さな松明を手に集団で村外れや山道、畦道を進み、田畑の隅に松明や樹脂を多く含む松片を差し込んでいく。
最後に人々は山腹へ集まり、松明を使った遊びをし、歌い、踊り、さまざまな遊戯を楽しむ。第一日は「祭火」を中心に荘厳な祭祀が主となるが、儀礼の後にはすでに娯楽的要素も始まり、炎の中で歌舞を楽しみながら、翌日の大祝祭へと気分を高めていく。
第二日:伝火・玩火――狂歓の最高潮
火把節の第二日は「都格(Duge)」と呼ばれ、「火を讃える」「火を歌い讃える」という意味を持つ。この日は火把節の最高潮であり、祭り全体の中でも最も賑やかで多彩な一日である。
晴れ着で集う――街が空になるほどの祭り
夜が明けると、老若男女が皆、祭りの晴れ着を身につけ、煮た坨坨肉やソバ餅を持って祭り会場へ向かう。数千、数万の人々が四方八方から集まり、大規模な火把節の行事に参加する。
イ族の衣装では赤・黄・黒の三色が多く使われ、銀飾りが添えられる。娘たちは美しい衣装を身につけ、黄色い油紙傘を差す。若者たちは伝統的な查爾瓦(查尔瓦, chalva)と呼ばれる羊毛フェルトの肩掛けを身につけ、イ族の織物技術と美意識を示す。火把節は、イ族の服飾文化を最も集中的に披露する舞台の一つである。
民間競技――力と勇気の競い合い
競馬、レスリング、闘牛、闘羊、闘鶏などの民間競技は、第二日の最も重要な活動の一つである。これらの競技は、祭りの伝説に登場する英雄と天神の格闘や力比べと一定の関係を持ち、祭りの象徴的要素となっている。
レスリングは火把節を代表する競技である。イ族のレスリングには長い歴史があり、男性の勇気と力を試す重要な方法とされてきた。祭り期間中の試合には多くの観客が集まり、声援を送る。若者たちは伝説の英雄阿体拉巴(Atilaba)にならい、土俵で力と技を競う。
競馬も欠かすことのできない種目である。イ族の若者たちは勢いよく馬に飛び乗り、鞭を振るって競走路を駆け抜ける。会場の周囲は観客で埋まり、競馬は速度と熱気に満ちた視覚的な見せ場となる。
闘牛、闘羊、闘鶏も伝統的な競技である。動物同士の力比べは、イ族の力への憧れを示すと同時に、祭りの重要な娯楽でもある。闘牛場では二頭のたくましい牡牛が角を突き合わせ、土煙を巻き上げる。闘羊も羊同士の激しい力比べで、同じく見応えがある。
竿登り、とりわけ油を塗った竿に登る競技も重要である。表面を滑りやすくした竹竿を素手で登り、頂上へ到達した者が勝者となる。この競技では力だけでなく、技術と忍耐力も試される。
イ族の美人・美男子選び――美と人格への讃歌
美人・美男子選びは、第二日の最も重要な活動の一つである。イ族は古くから美を愛し、美を追求してきたため、「美を選ぶ」ことは火把節の中でも最も特色ある伝統行事の一つとなっている。
年長者たちは、伝説の阿体拉巴が示す勤勉、勇敢、英武、端正さと、阿什嫫が象徴する善良、聡明、美しさ、おおらかさを基準として、その年の若い男女の中から代表を選ぶ。女性の優勝者は「金索瑪(Jinsoma)」、男性の優勝者は「金鷹(Golden Eagle)」と呼ばれる。これらの称号は単に容姿の美しさや格好よさを意味するのではなく、イ族文化における高い人格的価値への讃美でもある。
したがって選考は外見だけの競争ではない。勤勉、勇敢、善良、聡明といった、イ族の伝統的価値観において重視される資質が重要な基準となる。娘たちは最も美しい衣装と華やかな銀飾りを身につけ、人々の前で容姿だけでなく、その立ち居振る舞いや人柄を示す。
朵洛荷と達体舞――歌と踊りの海
朵洛荷(Duoluohe)は、涼山イ族の伝統的な火把節において、女性のみが集団で演じる歌舞一体型の芸能である。イ語で「朵」は「火」を意味し、「荷」には「讃える」「歌う」という意味がある。朵洛荷はイ族を代表する特色ある芸能の一つである。
娘たちは鮮やかな民族衣装を身につけ、黄色い傘を手に、軽やかでそろった足取りで朵洛荷を踊る。大規模な公演では、数百人のイ族女性が黄色い傘を持って歌い踊り、無形文化遺産の代表的演目『朵洛荷』を披露する。その柔らかく生命感あふれる動きは、イ族衣装の美しさと豊かな民俗的雰囲気を余すところなく表現する。千人近い女性が色鮮やかな衣装をまとい、黄色い傘の下で整然と舞う光景は、山間に咲き広がるソーマの花畑のように見える。
達体舞(Dati Dance)は、火把節の中で最も参加者が多く、最も熱気に満ちた集団舞踊である。祭りは概して昼は競技、夜は歌舞という構成を取る。夕暮れになると、数千、数万の松明が火龍のような列を作り、四方八方から同じ場所へ集まる。やがてそれらは無数の焚き火となって空を照らし、人々は火を囲んで夜遅くまで歌い踊る。
「東方のバレンタイン」――月下のロマンス
夜になると、恋仲の若い男女が山中や小川のほとり、黄色い油紙傘の下で月琴(yueqin)を奏で、口弦(口琴)を鳴らしながら互いへの想いを語る。そのため、涼山イ族国際火把節は「東方のバレンタイン」と呼ばれることもある。
焚き火が消えかける頃になると、若い恋人たちは静かに山腹や木立へ入り、黄色い傘の下で月琴や口弦を奏でながら気持ちを伝え合う。火把節は若い男女に比較的自由な交流と感情表現の機会を与える。月琴、口弦、恋歌の音が夜の中で重なり、松明の光が若い顔を照らす中で、恋愛と祝祭生活が密接に結びつく。
第三日:送火――聖火を送り、来年を願う
火把節の第三日は「都煞(Dusha)」と呼ばれ、「火を送る」という意味を持つ。これは祭り全体の締めくくりであり、同時に最も神聖で荘厳な一日の一つでもある。
送火儀礼――災厄を送り、吉祥を迎える
この日の夜、誰もが松明を手に決められた集合場所へ向かい、祭火台を設けて送火儀礼を行う。人々は祭文を唱え、火神へ祈り、祖先と火神が子孫に健康と幸福を、人の世に豊作と喜びを与えるよう願う。
送火儀礼の核心は「送る」ことにある。火神を送り出すと同時に、あらゆる不吉なものも一緒に送り去る。人々は手にした松明を一か所へ集め、巨大な焚き火を作る。その周囲に人々が集まり、思いきり歌い踊る。炎は一人一人の顔を照らし、歌声と笑い声が夜空に響き渡る。
伝統的には、この送火儀礼が終わって初めて火把節が正式に終了したとされる。三日間にわたる祭祀と祝祭を通じて火神は人々の敬意を受け取り、翌年には順調な天候、五穀豊穣、人畜の安泰をもたらすと信じられている。聖火そのものは送り出されても、火への畏敬と感謝は人々の心に残り続ける。
三日間で完成する儀礼構造
火把節の三日間、すなわち祭火・玩火・送火は、一つの完結した儀礼周期を構成する。それはイ族による火への敬意であると同時に、時間に対する理解の表現でもある。古い周期と新しい周期が移り変わる時に、火を灯し、燃やし、消すことによって、共同体は精神的浄化と時間的移行を集団で完成させる。
第一日の「祭火」は敬意を表す日であり、火神、祖先、天地を敬う。第二日の「玩火」は楽しみの日であり、炎の中で歌舞、競技、交流を行う。第三日の「送火」は送り出す日であり、災難、病気、古い周期のあらゆる不如意を送り去る。三日三夜にはそれぞれ異なる特徴がある。毎晩食事を終えると、まず一軒の家が松明を灯し、それをきっかけに他の家々も次々と火をつけて村外へ向かう。人々は火把節の歌を歌い、松明の列が広がるにつれて歌声が谷間へ響いていく。やがて慣習に従った方向へ火龍のような列を作って公共の集会場へ進み、松明を一か所に集めて大きな火とし、村人全員がその周囲で踊り、遊ぶ。
食文化
火把節の期間、イ族の人々は多種多様な伝統料理を用意し、食事を分かち合うことは祭りに欠かせない要素となっている。
坨坨肉――祭りの主菜
坨坨肉(tuotuo meat)は火把節を代表する料理の一つである。牛肉、羊肉、豚肉を大きな塊に切り、鍋で茹でる。味付けは過度にせず、通常は塩と花椒程度にとどめ、肉本来の味を生かす。旨味が強く、脂がありながらもくどすぎない坨坨肉は、イ族における最高級のもてなしの一つとされる。祭りの間、人々は調理した坨坨肉を会場へ持参し、親族や友人と分け合う。
ソバパンとソバ餅――主食の香り
ソバはイ族地域における重要な伝統作物の一つである。火把節には、ソバ粉を使ったパンや餅などを作る。ソバ粉に水を加えて練り、餅状に成形した後、火で焼いたり蒸したりするため、独特の香りが立つ。ソバパンは祭りの食物であるだけでなく、祭祀の供物でもある。新たに収穫したソバから作ったものを火神や祖先に捧げる。
新ソバと新穀を味わう
火把節は新ソバの収穫時期に重なる。人々は新しく収穫した穀物からさまざまな料理を作り、新穀を初めて味わうことと豊作の祝賀を同時に行う。新ソバの香り、新たに屠った牛や羊の旨味が一つの豊かな祭宴を作り出す。畢摩が誦経しながら祭火を行う儀礼では、村人たちは新しく収穫した五穀を火神と祖先へ捧げ、豊作への感謝を表す。
歌舞と芸術――火把節の文化的魂
火把節は、イ族の音楽、舞踊、衣装、手工芸などの芸術文化が最も集中的に披露される場の一つである。
朵洛荷――女性集団歌舞の極致
朵洛荷は、涼山イ族の伝統的火把節で女性のみが集団で行う、歌と踊りが一体となった芸能である。イ語で「朵」は「火」、「荷」は「讃える」「歌う」という意味を持つ。
演技の際、イ族女性たちはそれぞれ特色ある晴れ着を身にまとい、色鮮やかな衣装が陽光の下で輝く。金色がかった黄色い油紙傘を手に、整然と列を作り、軽やかな足取りで歌いながら踊る。歌声は伸びやかで、足並みはそろい、銀飾りが陽光に反射してきらめき、非常に壮観な光景となる。朵洛荷は単なる踊りではなく、イ族女性の美を集中的に表現する芸能でもある。
達体舞――万人が加わる集団祝祭
達体舞は、火把節で最も参加者が多く、最も熱気に満ちた集団舞踊である。動きは比較的覚えやすく、リズムは明快で力強く、老若男女が参加できる。人々は焚き火の周りで手をつなぎ、同じリズムを踏みながら踊る。
達体舞の指導は体系的で、基本ステップ、手の動き、隊形変化などに明確な決まりがあり、整然としたリズム感と集団の一体感を重視する。数万人が数十か所の焚き火を囲んで同時に達体舞を踊ると、その規模と熱気は圧倒的なものとなる。達体舞は、イ族にしばしば結びつけられる団結、情熱、温かさ、おおらかさといった文化的性格を表現している。
口弦・月琴・馬布――伝統楽器の響き
火把節では、多くのイ族伝統楽器が演奏される。口弦は特に女性に好まれる楽器で、竹片などから作り、唇に当てて弾くことで澄んだ繊細な音を出し、感情表現によく用いられる。月琴(yueqin)は男性がよく演奏する楽器で、月のように丸い胴を持ち、柔らかな音色を奏でる。卡西举爾(Kaxijuer)はイ族風の縦笛、馬布(mabu)はイ族特有の管楽器で、悠々と遠くまで響く音色を特徴とする。
夜になると、若い男女が山間や小川のほとりで月琴や口弦を奏で、互いへの想いを表す。これらの楽器は単なる音楽の道具ではなく、感情を伝える重要な媒介でもある。月琴、口弦、恋歌の音が暗闇の中で重なり合い、火把節を象徴する印象深い音の風景を作り出す。
伝統工芸の展示
祭りの期間には、イ族の伝統工芸も集中的に披露される。銀細工の技術は非常に優れており、銀冠、首飾り、腕輪、腰帯などが全身を飾り、銀色の光を放つ。イ族刺繍は鮮やかな色彩と精緻な文様を特徴とし、伝統衣装の最も重要な装飾の一つである。火把節は、衣装、銀飾り、刺繍など、イ族の有形文化を最も集中的に示す機会でもある。
祭祀と信仰――火把節の精神的核心
火把節は、何よりもまず祭祀性を持つ祭りである。火神を祀ること、天地を祀ること、祖先を祀ること、邪悪や災厄を除くことが、その最も重要な精神的内容を成している。
火崇拝――自然への畏敬から文化的象徴へ
火把節の原初的な形態を一言で言えば、古い火崇拝である。イ族の祖先による火への原始的な畏敬は、火を単なる自然現象から、光、力、浄化、希望を象徴する文化記号へと高めていった。
イ族の宇宙観では、火は闇を追い払い、温もりを与える光源であるだけでなく、天地、人間、神霊を結ぶ神聖な媒介でもある。火把節は豊作を祈り、災厄と邪悪を除く祭祀的祭日である。イ族は松明に災難や邪気を退ける力があると考え、火を作物の豊作、家畜の繁栄、人々を貧困や病気から守る不思議な力として捉えてきた。したがって火把節とは、火に対して共同体全体が周期的に行う敬意の表明である。松明を灯し、焚き火を囲んで歌い踊ることで、人々は火と儀礼的なつながりを結び、自らと自然、祖先、共同体との関係を再確認する。一部の研究者は、イ族の火崇拝と太陽崇拝との歴史的な関係も指摘している。
祖先祭祀――死者を敬い、起源を忘れない家族倫理
火把節の期間、各村では酒と肉を用意して祖先を祀る。祖先祭祀はイ族文化の中でも最も重要な宗教活動の一つである。イ族の信仰体系では、祖先は死後もなお子孫を守り続けると考えられている。そのため火把節の祖先祭祀は、生者と死者、現在と過去との間に成立する精神的な対話でもある。
祖先祭祀を通して、イ族の人々は自らが家族の系譜の中でどこに位置するかを確認し、民族の歴史に対する記憶と帰属意識を強める。祭りの期間には、天地、火、祖先を祀り、邪気を払い、家畜の繁栄、五穀豊穣、家庭の平安を願う荘厳な儀礼が行われる。火把節は、自然の法則を尊重し、幸福で安定した生活を求めるイ族の願いを表現している。
害虫駆除と豊作祈願――農耕文明の祭礼表現
火把節は農耕文明と極めて密接な関係を持つ。旧暦6月はちょうど稲が穂を出し、トウモロコシが花をつける時期であり、人々はその前に松明を準備する。火把節の重要な機能の一つは、伝統的に「歳を照らし、豊年を祈る」ことと表現される。すなわち松明で田畑を照らし、害虫を追い、豊作を願うのである。
祭りの期間、人々は松明を掲げて田畑を巡り、炎と煙によって害虫を追い払う。この行為には一定の実用性があると同時に、精神的な慰めという意味もある。松明が田野を照らす光景は、害虫を退けるだけでなく、不作に対する人々の不安をも払う象徴となる。火把節は豊作を祈り、災厄と邪気を除く祭祀的祭日であり、天と祖先を敬い、虫害や疫を焼き払い、豊作を祈願する民俗的特徴を持っている。
地域による違い
四川・涼山
三日三夜、朵洛荷、美人・美男子選び、レスリング、競馬、大規模な達体舞
雲南・楚雄
大規模な焚き火行列、競馬、民間歌舞競演、花市場、地域全体の祝祭化
雲南・石林
畢摩による石打ち取火と祭火儀礼
雲南・双柏
畢摩による移住詞の誦唱、草人による『哭母調』
貴州
伝統的な火把節習俗、国家級無形文化遺産拡張項目
大理の白族
村ごとに大松明を立て、落ちた升斗を奪い合い幸運を願う
四川・涼山
涼山は火把節の中心地域の一つであり、この祭りの知名度が最も高い地域の一つでもある。涼山州は広大でイ族人口も多く、毎年の祭りは非常に大規模に行われる。涼山イ族火把節は通常三日三夜にわたり、祭火・玩火・送火の三段階に分かれる。主な民俗活動には、火神と祖先の祭祀、松明を持って田畑を照らし害虫を追うこと、美人・美男子選びや衣装競演、レスリング、競馬、闘牛、闘羊、闘鶏などが含まれる。
雲南・楚雄
楚雄も火把節の主要地域の一つである。2006年5月、楚雄イ族火把節は国務院により中国第一陣の国家級無形文化遺産に登録された。祭りの期間には非常に多くの人々が火把広場に集まり、皆で踊り、街路が空になるほど住民が祝祭に参加し、夜空には無数の松明が輝く。楚雄では大規模な焚き火行列、競馬、民間歌舞競演、花市場などが開かれ、十数か所の郷鎮にまたがって地域全体が祝祭空間となる。
雲南・石林
石林イ族自治県も火把節文化の重要な地域である。畢摩たちは雄大な老圭山で荘厳かつ神秘的な取火・祭火儀礼を行い、伝統的な方法で最初の火を得る。
雲南・双柏県者柯盲村
双柏県者柯盲村のイ族火把節には、独自の地域的特徴がある。まず畢摩がイ族祖先の移住に関する詞を唱え、その後、「草人」、すなわち藁を身にまとった人物が男性生殖器を象徴する模型を高く掲げ、人々の集まる場所へ進み出て『哭母調(母を哭する調べ)』を歌う。
貴州
貴州のイ族社会でも、火把節の多様な伝統習俗が受け継がれている。貴州省赫章県が申請したイ族火把節は、2011年に国家級無形文化遺産第三陣拡張項目に登録された。
白族の火把節はイ族の火把節とは異なる。大理の白族では、各村の住民が自発的に大きな松明を立て、その頂に升斗(shengdou, 伝統的な容量容器を模したもの)を置く。松明が燃え、升斗が落ちると、人々はそれを奪い合い、手にした者には幸運が訪れると考える。
現代への継承
### 国家級無形文化遺産としての認定
2006年5月20日、四川涼山と雲南楚雄のイ族火把節は、国務院の承認を受け、中国第一陣の国家級無形文化遺産に登録された。2011年には、貴州省赫章県が申請したイ族火把節が国家級無形文化遺産第三陣拡張項目に登録された。涼山イ族火把節の項目番号はⅨ—10で、保護機関は四川省涼山州無形文化遺産保護センターである。
イ族火把節には、国家級無形文化遺産の代表的伝承者も複数存在する。普順発(普顺发)はイ族火把節国家級項目の代表的伝承者である。彼は大刀舞の祭祀手順、儺神面の製作、各色の祭旗の描画、土地神像の塑造などの技術を熟知している。直接教え、実演して見せる方法によって、畢摩の知識と大刀舞の技を地域の若いイ族へ伝え、多くの若い演者を育成してきた。本人も州・県・郷鎮レベルの火把節習俗公演に何度も参加し、高い評価を得ている。
### 現代火把節の盛況
火把節は現代社会で衰退するどころか、むしろ規模を拡大し続けている。2024年の涼山イ族火把節では、州全体で延べ1,000万人を超える観光客を受け入れた。現在では涼山で最大規模を誇り、内容が最も豊富で、光景が最も壮観で、参加人数が最も多く、イ族文化の特色が最も濃厚に表れる伝統祭礼の一つとなっている。
各地では、伝統内容を維持しながら新しい形式も取り入れている。会東県では一部行事を高地の「雲上」会場へ移し、レスリング、闘羊、競馬、闘牛、山岳競走、「雲上ソーマ」美人選び、100人規模の朵洛荷、「阿普亜虹」草原音楽会、大規模な達体舞などを行っている。寧南県では三か所で同時に松明を点火し、無形文化遺産公演、伝統競技、民俗祝祭を組み合わせた多彩な民族文化イベントを開催している。2026年の涼山イ族火把節開幕式では、600人のイ族女性が黄色い傘を手に歌い踊り、無形文化遺産の代表演目『朵洛荷』を大規模に披露した。
火把節は、各民族間の交流と相互理解を促す重要な文化的絆にもなっている。もはやイ族だけの伝統祭日ではなく、中国南西部の地域的民族文化として、イ語支に関係する諸民族や周辺民族、たとえばナシ族、ハニ族、リス族、ラフ族、ジノー族などにも、火把節と関係する祭礼文化が長い歴史を持っている。
結び
火把節の民俗は、「火」と「生命」をめぐる長い文化の物語である。祭火の荘厳さから玩火の解放感へ、巨大な松明行列から聖火を送る名残惜しさへ、レスリングや競馬の激しさから美人選びと朵洛荷の優雅さへ、坨坨肉やソバパンの味わいから焚き火を囲む達体舞の夜通しの狂歓へと、火把節の習俗は、イ族の祖先が火に抱いた畏敬と崇拝、祖先への感謝と追慕、豊作への願いと祝福、生命への愛と讃美を一つに結びつけている。
火把節の核心は「火」である。火はイ族文化において最も重要な象徴の一つである。イ族の宇宙観では、火は闇を追い払い温もりを与える光源であるだけでなく、天地、人間、神霊を結ぶ神聖な媒介でもある。イ族は松明が災厄や邪気を追い払うと信じ、火を作物の豊作、家畜の繁栄、人々を貧困や疾病から守る不思議な力と考えてきた。したがって火把節は、豊年を祈り、災厄や邪を除く祭祀的祭日である。その主要な習俗である祭火・玩火・送火はすべて、火への畏敬、感謝、祝賀を中心に構成されている。祭火は聖火によって神々を祀ると同時に、人の心を象徴的に照らす。玩火は火の光で闇を払いながら、共同体の情熱を燃え上がらせる。送火は儀礼によって災厄を送り去り、同時に希望を迎える行為である。
火把節はまた、イ族にとって一種の「大きな正月」とも説明される。その起源は星回節(星回节)や、イ族の十月太陽暦と結びつけて考えられており、祖先が天体を観察し、北斗七星の柄の向きによって時節を定めた伝統と関係するとされる。祭火・玩火・送火という三日間は、一つの完結した儀礼周期を成している。古い周期と新しい周期が象徴的に切り替わる時に、火を灯し、燃やし、消すことで、共同体は一度の精神的浄化と時間の移行を完成させる。
2006年、イ族火把節は中国第一陣の国家級無形文化遺産に登録された。古代の火崇拝から現代の国家級文化遺産保護へ、イ族の村で自発的に行われていた祭祀から、国際的にも知られる「東方のカーニバル」へと、火把節は長い時代を越えながら、大涼山や中国南西部の赤土高原で今なお力強く受け継がれている。夜空に燃え上がる松明のように、一つ一つの炎には祈りが宿り、その揺らめきの一つ一つが再生を象徴する。火把節の習俗は、イ族の火を敬い、火を崇ぶ文化的特質を集中的に表現すると同時に、中国社会における多様性の中の統一を生き生きと示すものでもある。火の儀礼的な力を通じて、火把節は今なお、光、生命、希望をめぐる深い文化的対話を繰り返し更新している。
読者からの声
世界中の暦と伝統文化を愛する人々が、同じ月を見上げる。
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