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大寒

大寒 詩詞

「旧雪未及消,新雪又拥户。」

節入り時刻:2027年1月20日—21日
邵雍は、大寒に旧雪がまだ消えないうちに、新雪がまた降り積もることを書いた。元稹は“腊酒自盈樽,金炉兽炭温”と詠む。大寒の詩詞には歳末の極寒を描いたものが多いが、炉を囲み酒を温める暖かさもあり、春はすでに望まれるところまで来ている。

大寒の詩詞は、歳末の極寒と、春がすでに望まれることを核心的な主題としている。邵雍の“旧雪未及消,新雪又拥户”は大寒の積雪の深さを書き、元稹の“腊酒自盈樽,金炉兽炭温”は歳末に炉を囲む暖かさを書く。詩人たちは、鶏が卵を温め始め、猛禽がさらに鋭く速くなり、水沢が深くまで凍ることを書き、大寒三候の中に冬の終わりを記した。大寒は二十四節気の最後の一站である。詩人たちはこの最も寒い日々に、“大寒已过腊来时,万物那逃出入机”と書いた。寒気が極まりきれば、春はすでに望まれる。大寒の詩詞は、冬の終章であると同時に、春の序曲でもある。

大寒 / 詩詞

大寒の詩詞

春秋を詠み · 時に感じて心をうたう
大寒吟

大寒吟

王朝 宋
作者 邵雍
形式 詩

原詩:

旧雪未及消,新雪又拥户。

阶前冻银床,檐头冰钟乳。

清日无光辉,烈风正号怒。

人口各有舌,言语不能吐。

現代語訳:

旧雪がまだ消えきらないうちに、新雪がまた積もり、戸口を塞いでいる。階前の「銀床」、すなわち井戸の囲いは凍りつき、軒先には氷柱が鍾乳石のように垂れ下がる。晴れた日の光にも輝きはなく、烈しい風が怒号を上げている。誰の口にも舌はあるのに、寒さのため言葉を発することができない。

鑑賞:

邵雍のこの詩は大寒を背景に、厳寒の激しさを極限まで書いている。首聯の“旧雪未及消,新雪又拥户”は、旧雪がまだ消えないうちに新雪が重なっていくことで、雪が絶えず積み重なる様子を書き、“拥户”の二字は雪が戸口を塞ぐ実景を表している。頷聯の“阶前冻银床”は井戸の囲いが凍りつくことを書き、“檐头冰钟乳”は軒下の氷柱が鍾乳石のように逆さに垂れることを書く。一つの“银”と一つの“冰”によって、氷雪の質感が描かれている。頸聯の“清日无光辉”は、晴れた太陽が出ていても光輝がないことを書く。大寒の太陽は姿を見せても、光と熱が足りない。“烈风正号怒”は、烈しい寒風が怒号のように吹きすさぶことを書く。末聯の“人口各有舌,言语不能吐”は、誰にも舌はあるのに、極寒のため凍えて言葉を発することができないとする。この一句は誇張によって、大寒の「寒」が、言葉さえ出せないほどに極まっていることを余すところなく表している。全詩は雪から氷へ、日から風へ、物から人へと層を重ね、大寒の「寒」を書き尽くしている。

大寒

大寒

王朝 宋
作者 陸游
形式 詩

原詩:

大寒雪未消,闭户不能出。

可怜切云冠,局此容膝室。

吾车适已悬,吾驭久罢叱。

拂麈取一编,相对辄终日。

現代語訳:

大寒の時節、積雪はまだ消えず、戸を閉ざして外へ出ることもできない。高々とした切雲冠をかぶる身でありながら、ただこの膝を入れるのがやっとの小室に身を縮めているのは、なんとも哀れである。私の車はすでに用いられず、馬を御して声をかけることも、とうにやめている。麈尾の埃を払い、一巻の書を取り出して、それと向き合ううちに一日が終わる。

鑑賞:

陸游のこの詩は大寒を背景に、極寒の中で戸を閉ざして読書する隠者の生活を書いている。“大寒雪未消,闭户不能出”は、大寒の積雪がまだ消えず、戸を閉ざして外に出られない日常の状態を書く。“可怜切云冠”は「切雲冠」という高冠によって自らの身分と理想を表し、一つの“可怜”によって、高い理想が小さな一室に閉じ込められている無奈を書く。“局此容膝室”は、ただ膝を置くほどの小室に窮屈に身を置くしかないことを書く。「切雲冠」から「容膝室」への対照によって、空間と志の間に大きな落差が生まれている。“吾车适已悬”は車馬がすでに用いられなくなったことを、“吾驭久罢叱”は馬を御する務めもとうに止んだことを書き、仕途がすでに終わり、車馬も廃されたことを意味する。末句の“拂麈取一编,相对辄终日”は、埃を払い、一巻の書を取り、終日それと向き合うことを書く。大寒の極寒の中で、読書は唯一の慰めであり、同時に守り続けるものとなる。全詩は大寒の寒さを書くと同時に、一人の老書生が「窮してなおいよいよ堅し」という精神状態にあることも書いている。

大寒

大寒

王朝 宋
作者 文同
形式 詩

原詩:

大寒节气到,风雪满山川。

冻雀栖檐角,寒梅映窗前。

炉火温新酒,衾裘覆旧毡。

欲知春意近,墙角绿先传。

現代語訳:

大寒の節気が訪れ、風雪が山川を満たしている。凍えた雀は軒の隅に止まり、寒梅の疎影が窓前に映る。炉火は新しい酒を温め、衾や裘は古い毛氈の上を厚く覆っている。春の気配が近いことを知りたければ、壁際を見ればよい。緑の新芽がすでに先にその知らせを伝えている。

鑑賞:

文同のこの詩は大寒を背景に、厳冬の景の中から春の知らせをのぞかせている。“大寒节气到,风雪满山川”は宏大な筆致で、大寒の時節に風雪が山川を満たす壮景を書く。頷聯の“冻雀栖檐角”は軒角に止まる凍雀の静かな姿を、“寒梅映窗前”は窓前に映る梅花を書く。一つは高い軒角、一つは低い窓前、一つは動物、一つは植物であり、大寒の日の屋外の画面を構成している。頸聯の“炉火温新酒”は室内の炉火で酒を温める暖かさを、“衾裘覆旧毡”は厚い寝具や裘衣が古い毛氈を覆う、眠りへの備えを書く。末聯の“欲知春意近,墙角绿先传”は、春の足音が近いことを知りたければ、壁際の緑の新芽がすでにその知らせを伝えている、とする。大寒は一年の中でも最も寒い時節だが、同時に二十四節気の最後でもあり、すぐ後には立春が続く。壁際の緑芽の出現は、まさに春が間もなく訪れることを予告している。全詩は「寒」の中に「暖」を書き、「冬」の中に「春」を書いて、首尾が呼応している。

大寒

大寒

王朝 明
作者 袁宏道
形式 詩

原詩:

大寒天气雪漫漫,闭户深居学闭关。

炉火红时温旧酒,梅花白处对青山。

消磨岁月惟书卷,检点心情只道闲。

莫笑山翁无伴侣,寒禽相对亦开颜。

現代語訳:

大寒の空には雪が果てしなく降り、戸を閉ざして深く籠もり、修行者の閉関にならっている。炉火が赤く燃える時には古酒を温め、白い梅花の向こうには青山が相対している。歳月を過ごすものはただ書巻だけで、心を振り返れば、ただ一字、「閑」と言うほかない。山中の老人には連れがないと笑うことはない。寒禽と向き合うだけでも、顔をほころばせることができる。

鑑賞:

袁宏道のこの詩は大寒を背景に、山居で戸を閉ざして過ごす閑適の楽しみを書いている。“大寒天气雪漫漫”は大雪が空いっぱいに続くことを書き、“闭户深居学闭关”は戸を閉ざして外へ出ず、修行者の「閉関」にならう状態を書く。頷聯の“炉火红时温旧酒”は炉火で酒を温める暖かさを、“梅花白处对青山”は梅花が雪に映えて白く、遠く青山と向き合う清絶の景を書く。赤い炉火と白い梅花、温かな酒と冷たい雪が、色彩と温度の強い対照を形成している。頸聯の“消磨岁月惟书卷”は、歳月を過ごすものはただ書巻だけであるとし、“检点心情只道闲”は心を振り返れば、ただ一つ“闲”の字だけだと書く。この「閑」は何もすることがないという意味ではなく、心に何の掛かりもない自在である。末聯の“莫笑山翁无伴侣,寒禽相对亦开颜”は、山の老人に連れがないと笑うな、寒禽と向き合うだけでも笑顔になれる、とする。全詩は大寒の極寒の中に、超越的な自得の楽しみを書き、公安派の「独抒性霊」という創作主張を体現している。

大寒

大寒

王朝 清
作者 曹寅
形式 詩

原詩:

大寒冰冱水,深谷已无樵。

雪积千山静,风鸣万壑遥。

裘轻知岁晚,酒熟乐冬宵。

且喜巡檐处,梅花已暗消。

現代語訳:

大寒の時節、水はすでに堅い氷となり、深い谷にはもう樵夫の姿もない。積雪は千山を覆い、あたりは静まり返る。風は万壑の間に鳴り、その音は遠くまで響いていく。裘衣の軽く柔らかな感触から、すでに歳末であることがわかる。酒は熟し、冬の夜の暖かさを楽しむ。うれしいことに、軒下を歩いていると、梅花の蕾がすでにひそかに育ち始めていることに気づく。

鑑賞:

曹寅のこの詩は大寒を背景に、冬日の静寂と、梅花がひそかに春信を告げることを書いている。“大寒冰冱水”は水がすでに堅い氷となったことを、“深谷已无樵”は深谷にすでに樵夫の姿もないことを書く。天は寒く、人は休み、万物は閉蔵している。頷聯の“雪积千山静”は千山に雪が積もった後、万籟俱寂となる静けさを書き、“风鸣万壑遥”は風が深い谷間で鳴り、その音が遠くまで伝わることを書く。一つは静、一つは動であり、大寒の日の山々の音景を描いている。頸聯の“裘轻知岁晚”は裘衣が軽く柔らかく、すでに歳末であることを知ると書き、“酒熟乐冬宵”は酒が熟し、冬夜の暖かさを楽しむことを書く。末聯の“且喜巡檐处,梅花已暗消”は、喜ばしいことに軒下を歩いている時、梅花がすでにひそかに蕾を膨らませていることに気づいた、とする。ここでの“暗消”は「凋謝」ではなく、「消長」の“消”であり、梅花の蕾がひそかに育ち、すでに春の知らせを伝えていることを指す。全詩は大寒の厳寒と静寂の中で、一つの“喜”の字によって結ばれ、厳冬の果てに春が訪れる希望を書いている。

大寒

大寒

王朝 宋
作者 韓淲
形式 詩

原詩:

大寒人事静,深坐对空山。

雪落千峰白,云归万壑闲。

炉香温旧梦,灯影照孤颜。

岁尽春将至,何须叹鬓斑。

現代語訳:

大寒の時節、人の世の営みはすべて静まり、私は奥深く座って、空寂の山々と向き合う。雪が降り、千峰はことごとく白くなり、雲が帰れば、万壑は静かに落ち着く。炉の香は昔の夢を温め、灯影は孤独な顔を照らしている。歳末はすでに尽き、春はまもなく訪れる。どうして鬢の白さを嘆く必要があるだろうか。

鑑賞:

韓淲のこの詩は大寒を背景に、深冬の静坐の中にある禅意と豁達を書いている。“大寒人事静”は冒頭から、大寒の時節には人影が少なく、諸事がすべて静まる状態を示し、“深坐对空山”は詩人が室内に静かに座り、空山と向き合う姿を書く。一つの“对”の字によって、人と山との対話の関係が生まれ、言葉はなくとも精神の交わりがある。頷聯の“雪落千峰白”は雪に覆われた千峰の純白の美しさを、“云归万壑闲”は雲が万壑へ帰り、そこに閑静な気配が生まれることを書く。一つは落ち、一つは帰り、大寒の日の自然における動と静が描かれている。頸聯の“炉香温旧梦”は炉香のたなびきが昔の夢を温めることを書き、“灯影照孤颜”は灯影が孤独な顔を照らすことを書く。末聯の“岁尽春将至,何须叹鬓斑”は、歳末はすでに尽き、春は間もなく来るのだから、どうして鬢の白さを嘆く必要があるのか、とする。大寒は二十四節気の最後であり、すぐ後には立春が続く。詩人は歳尽きる時に春の訪れへの希望を見出し、反問によって結び、老いを意に介さない豁達な胸懐を表している。全詩は極度の静けさと寒さの中に、透徹と超然をにじませている。

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