立冬 詩詞
「冻笔新诗懒写,寒炉美酒时温。」
冬の詩詞は、万物の収蔵と寒気の初訪を基調としている。李白の“冻笔新诗懒写,寒炉美酒时温”は、凍った筆と寒炉によって立冬の慵懶を描き、元稹の“霜降向人寒,轻冰渌水漫”は初冬の寒さを記す。詩人たちは、水が初めて凍り、地が初めて凍てつき、雉が大水に入って蜃となることを書き、立冬三候の中に冬の始まりを刻んだ。立冬は冬の始めである。詩人たちは凍った筆と寒炉によって初寒に向き合う――一杯の温酒こそ、冬の最良の幕開けなのである。
立冬の詩詞
立冬
原詩:
冻笔新诗懒写,寒炉美酒时温。
醉看墨花月白,恍疑雪满前村。
現代語訳:
立冬の日、あまりの寒さに筆まで凍って固くなり、これ幸いと新しい詩を書くのを怠けている。炉では美酒を時折温めている。酔眼朦朧として、月光の下、硯に広がる墨の花模様を眺めていると、恍惚のうちに前の村一面へ白雪が降り積もったのかと見まがう。
鑑賞:
李白のこの詩は、冬の日特有の慵懶と閑適を書いている。首句の“冻笔新诗懒写”には、率直で気ままな閑散の趣がある。天は寒く筆は凍り、それがちょうど詩を書かない口実となる。次句の“寒炉美酒时温”は、冬の日に温もりをもたらす。炉火と美酒は、冬の日に最も心地よい取り合わせである。“醉看墨花月白”は、酔眼朦朧のうちに月光が硯の墨痕へ落ちるのを眺め、不思議な視覚感覚が生まれることを書く。末句の“恍疑雪满前村”はまさに神来の一筆である。詩人は酔いの中、硯の墨の模様を前村に降り積もる白雪と見まがう。この錯覚によって室内と室外、墨色と雪色、酔態と実景が一つに溶け合い、立冬の夜の寒さを書くと同時に、朦朧として浪漫的な詩意を生み出している。全詩は日常の些事を詩に取り込みながら、何気なく節気の移り変わりにおける独特の心境を書き出している。
立冬
原詩:
秋风吹尽旧庭柯,黄叶丹枫客里过。
一点禅灯半轮月,今宵寒较昨宵多。
現代語訳:
秋風は古い庭の木々をすっかり吹き払い、黄葉と紅い楓が、異郷に客居する日々の中を散り過ぎていく。一点の禅灯、半輪の月。今宵の寒さは、昨夜よりもまた少し深くなった。
鑑賞:
王稚登のこの詩は立冬を背景に、客居の孤寂と寒意を書いている。“秋风吹尽旧庭柯”は秋風が庭の木々の葉をすべて吹き尽くすことを書き、“尽”の一字によって秋風の激しさと秋の去り方の徹底を表している。“黄叶丹枫客里过”は黄葉と紅楓が客居の中で散り過ぎることを書き、“客里”の二字によって異郷を漂う身であることを示す。後二句の“一点禅灯半轮月”は、極めて簡潔な意象によって冬夜の景を書く。一つの孤灯、半輪の月である。灯は「禅灯」であり、詩人が禅境によって心の安らぎを求めていることを暗示している。“今宵寒较昨宵多”は最も素朴な言葉によって、立冬後、寒さが日ごとに深まる感覚を書く。“较昨宵多”の三字によって、気候の微細な変化が具体的な感覚として伝わってくる。全詩は淡い言葉の中に余味があり、節気の変化と客居の孤寂を一つに溶け合わせている。
立冬即事二首 · 其一
原詩:
细雨生寒未有霜,庭前木叶半青黄。
小春此去无多日,何处梅花一绽香。
現代語訳:
細雨が寒さを生むが、まだ霜は降りていない。庭前の木の葉は、半ば青く半ば黄ばんでいる。小春も、これからそう長くは続かない。いったいどこで梅が一輪ほころび、その一筋の香りを漂わせているのだろう。
鑑賞:
仇遠のこの詩は、細やかな観察によって立冬の過渡的な状態を書いている。首句の“细雨生寒未有霜”は、立冬が訪れたばかりの微妙な気候を書く。雨によって寒さは生じているが、霜はまだ降りておらず、まさに秋冬の境目にある。次句の“庭前木叶半青黄”は、具体的な色彩によってこの「半ば」の状態を書く。葉は半ば青く半ば黄ばみ、まだ完全には凋落していない。後二句の“小春此去无多日”にある“小春”は、旧暦十月、立冬前後に見られる短い温暖期を指し、“小阳春”とも呼ばれる。ここで「无多日」とするのは、この暖かな日々がまもなく終わることを示している。“何处梅花一绽香”は問いによって結ばれる。初冬には梅はまだ一斉に咲いていないが、詩人はすでに一筋の梅香を感じ取ったかのようである。“绽”の一字は、梅が初めてほころぶことの貴重さを表すと同時に、冬の花への詩人の期待を書いている。全詩は「半ば」を眼目として、立冬の過渡性を描き出している。
立冬
原詩:
早久何当雨,秋深渐入冬。
黄花独带露,红叶已随风。
边思吹寒角,村歌相晚舂。
篱门日高卧,衰懒愧无功。
現代語訳:
旱が長く続いているが、いつになれば雨が降るのだろう。秋はすでに深まり、次第に冬へ入っていく。黄菊はひとり露を帯び、紅葉はすでに風に従って散っている。辺塞への思いは寒角の音とともに吹き起こり、村の歌声は夕暮れの舂米の音と響き合う。篱門の内では日ごとに日が高くなるまで横になり、老いて怠惰な自分に、何の功もないことを恥じる。
鑑賞:
陸文圭のこの詩は立冬を背景に、秋冬の境における物候と心境を書いている。“早久何当雨”は立冬の頃によく見られる旱の状態を書く。秋は雨が少なく、冬に入れば降雨はさらに少なくなる。“秋深渐入冬”は、立冬が秋と冬の境界であることを明示する。頷聯の“黄花独带露”は菊が朝露を帯びることを書き、“独”の一字によって、ほかの花が凋んだ後にも残る菊の孤独な堅持を表す。“红叶已随风”は紅葉が秋風に散ることを書き、“带”と“随”によって、秋冬の境の静と動の対比を作っている。頸聯の“边思吹寒角”は辺塞に響く寒角の音によって征人への思いが起こることを、“村歌相晚舂”は村の夕暮れの舂米の音と歌声が交じり合うことを書く。一方は遠い辺塞、一方は身近な田園であり、空間的な緊張を作り出している。末聯の“篱门日高卧,衰懒愧无功”は、詩人が日が高くなるまでなお横になり、老いて怠惰で何の功もない自分を恥じることを書く。“愧”の一字で結び、節気の移り変わりの中で自らの人生を省みている。
立冬
原詩:
独倚危楼望北风,寒鸦栖尽暮烟中。
霜凋万木千林瘦,雪压孤山一径通。
为客十年心已懒,逢人四海眼先空。
立冬时候添萧瑟,欲把新愁寄远鸿。
現代語訳:
ひとり高楼に寄りかかって北風を望み、寒鴉は暮煙の中へことごとく帰っていく。霜によって万木は凋み、千林は痩せ、雪は孤山を押し覆い、ただ一本の小径だけが通じている。客居して十年、心はすでに倦み、四海を漂って人に会っても、目にはまず空しさが宿る。立冬の頃はいっそう蕭瑟として、新たに生まれた愁いを遠く飛ぶ鴻雁へ託したい。
鑑賞:
朱淑真のこの詩は立冬を背景に、十年に及ぶ客居の後の蕭瑟たる心境を書いている。“独倚危楼望北风”は冒頭から、高みにあって寒さにさらされる孤寂を示し、“寒鸦栖尽暮烟中”は暮色の煙霞の中、寒鴉がことごとく栖へ帰る情景を書く。頷聯の“霜凋万木千林瘦”は“瘦”の一字によって、万木が凋落した後の清痩たる姿を描き、“雪压孤山一径通”は雪に押し覆われた孤山に、ただ一本の小径だけが通じる険しさと孤寂を書く。頸聯の“为客十年心已懒”は長い客居の後の倦怠を直接書き、“逢人四海眼先空”は四海を漂泊した後の人世への淡漠と空茫を書く。末聯の“立冬时候添萧瑟,欲把新愁寄远鸿”は、立冬そのものがすでに蕭瑟としているところへ新たな愁いが重なり、それを鴻雁に託して送りたいという思いを書く。全詩は節気の寒さの上に人生の寒さを幾重にも重ねたものであり、女詩人の極めて真摯な心境の写照となっている。
立冬夜舟中作
原詩:
人逐年华老,寒随雨意增。
山头望樵火,水底见渔灯。
浪影生千叠,沙痕没几棱。
峨眉欲还观,须待到晨兴。
現代語訳:
人は歳月とともに老い、寒さは雨気とともに深まっていく。山の上には樵夫の火が見え、水面の底には漁舟の灯が映っている。波の影は幾重にも重なり、砂に残る筋は水にいくつも沈んでいる。峨眉山をもう一度振り返って眺めたいが、それには夜が明けるのを待たなければならない。
鑑賞:
范成大のこの詩は、立冬の夜、舟で江上を進む中で目にしたものと感じたことを書いている。“人逐年华老”は歳末へ向かう中で歳月の流れと自らの老いを感じることを書き、“寒随雨意增”は立冬の夜雨の中、寒意がさらに深まる体感を書く。頷聯の“山头望樵火,水底见渔灯”は極めて簡潔な筆致で江上の夜景を書く。山上の樵火と江中に映る漁灯、一つは高く一つは低く、一つは山、一つは水にあり、立冬の夜景の中に温かな光点を作り出している。頸聯の“浪影生千叠”は江面に幾重にも重なる波影を、“沙痕没几棱”は水が満ち、砂の筋をいくつも覆っていくことを書く。一方は動、一方は静であり、水面の変化を描いている。末聯の“峨眉欲还观”は、舟で峨眉山を過ぎながら、夜の暗さによってよく見えないため、もう一度振り返って見たいという思いを書く。“须待到晨兴”はその希望を翌朝へ託している。全詩は漂泊の寒意の中にあっても、前路への期待を失わず、范成大の詩にしばしば見られる、現実感と超然さを併せ持つ趣を示している。
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